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自由論(1)

2003/4/26 ふみ、40代、自営業

 以前、労働においての自由論についての労作を詠ませて頂いた事がある。詳しくは覚えていないが、要するに第一に労働が自己目的と一緒になる社会を実現する事が自由になったと規定する論者と労働についやす時間を最小限にして、科学や芸術、スポーツを自己目的化できる事が自由な社会だと規定する論者がいるそうだ。
 この労働における自由論に対する考えにおいて、私は、前者の論理を支持している。私は自分が、社会的に自由であるなんて事は思いませんが、労働をことんする事が、自己実現と一致しながら仕事をしていると考えている。誰もが社会的に疎外されながら生きているのだが、その制約の中でのやり取りは、社会的に生きている証拠であり、それを前提にしながら仕事をしているのだと考えている。
 しかし、後者の論者の考えに私は疑問を感じている。労働が自己目的じゃなく、それ以外の科学や芸術、スポーツを生きがいにしたいのなら、それを仕事にすればいいじゃないか。しかし、それが社会的に評価されないのなら、仕事にできないのであり、その活動は社会的に無駄な事であると考えている。
 だが、現実の社会は本当に厳しい。特に、いまだに共産党員に対する一般社会の対応はリストラや倒産の嵐の中とクロスオーバーしながら皆頑張っている。