4月27日付井鍋様のお便りは、28日の夜遅く、拝見しました。翌日29日、山内敏弘先生を迎えての、憲法集会は、司会を引き受けたものの、心はおちつかず、相変わらずの無力感から脱せずにいた私でした。
高弘さんの「とんでもないメール」に驚愕するとともに、まず、さざ波の存在意義そのものをあれこれ考え、さざ波を紹介した知人にもひんしゅくをかい、落ち込み度は、最悪でした。
まず、世の中に蔓延る世論「暴力と欺瞞」の浸透度、そうして、それに抗うことの限界、戦争へ、戦争へと、追い立てていくシステムに易々と、与する日本人の意識の非人間性に、私は改めて、慄然とする思いで、たちゆかなくなっていました。
翌日の100人足らずの集会、今までのデモや集会等、周りの反応に、自分のきょうまでの働きかけの何たる微力、砂漠に垂らす一滴の水にも値しないものなのか・・と、心は萎えるばかりのときでした。
そんな心境のとき、おもいもかけず、井鍋さまのメールに接し、勇気と共感をいただきました。なにより、最後の行、ーーそれと長壁さんに指摘されて以来、「北朝鮮のミサイルが・・」という発想は私はきっぱりとやめました。考えれば分かりましたから。
この言葉が、「元気回復剤」となりました。
本当にありがとうございました。当日は少々寝不足でしたが、思いのほか元気で、初めての司会にしては、皆さんに褒めて(慰めかな?)いただき、その後の懇親会でも、次回の集会は、北朝鮮問題をーーともりあがったのです。
今回の集会で、「善福寺川」グループによるライブコンサートで「イムジン河」をききました。今この河には南北交流の橋が架けられているそうですね。日米から見れば、軍事鉄道に利用かと期待するのでしょうか。平和を願い、交流の窓として橋がかけられています。
この「イムジン河」の歌も、今まで、北朝鮮を賛美するものとして、歌える場がなかったとか(今現在も)、説明がありました。
メディアだけでなく、本当に私達は受身で生活している限り、時の権力のまま、無知の再生産を繰り返し、真実と程遠い生を余儀なくされて、一生を終えていくのです。
選挙も、公明党が伸び、小泉支持が半分もいるということの欺瞞性にあらわれているように、いかに見せかけが実効せいがあるかの証左でしょう。
前回、国分寺市議会議員の高野ふみお氏にふれましたが、当選には、いたらなかったものの、本人は、この選挙を通じて、人間性あふれる熱いこころをもった人たちとの交流のてごたえを深め、今後手を携えて、更に、志を強くされたようです。
今こそ、世界の人々、地球人としての共生に向かう志が欠かせないとおもいます。不正と暴力を許さず、人間の心を原点として、交流と連帯していくことによって、平和を勝ち取りたいとおもいます。井鍋さま、みなさま、どうぞ、今後とも、よろしくお願いいたします。