投稿の中で、今回のセクハラは飲酒によるものという趣旨の発言がありました。この考えは大変危険であると思います。
「酒席でのこと」というのは、昔から言い逃れに使われてきました。飲酒によるセクハラとそうでないものを区別することは何の問題解決にもなりません。その考えに基づいたのが最初の「禁酒令」通達でしょう。外部で酒さえ飲まなければ、異性と酒さえ飲まなければでいいのでしょうか。(「あら、あたしとお酒飲んでも大丈夫なの?」「大丈夫チミとは酒飲んでもセクハラ事件は起こりえないから」というセクハラ事件さえ起こりかねません・・・この部分冗談です・念のため)。
「酒を飲んで車に乗ったら事故を起こすかも」と「酒を飲んで異性と同席したらセクハラを犯すかも」は全く違います。問題は日頃の異性観・異性との関わり方であると思います。男性であれば、女性一般に対してどのように思っているのか・具体的に身近な女性をどのようにみているのかが、酒の席で現れてくるのでしょう。建前上・立場上抑えているだけであれば、その押さえがはずれたとき(それは酒に限りません)どうなるか。
そして、「私が」どういうことを言ったら・やったら女性がいやがるかということをよく知っておくことが必要です。かつて「マーフィーの法則」というのがありましたが、その中に「セクハラとは、何をされたかではなく誰にされたかである」というのがあります。裏返せば、日頃の非公式の場での異性への言動や態度・距離の取り方に問題があれば、本人が「気をつけている」つもりでもセクハラになり得るんです。
私のかつての上司にもいました。酒席での接触などではなく、生理休暇と年齢に関することだったのですが、周りの人たちに指摘されても本人はセクハラであるという認識は全くなく、なぜ自分が糾弾されねばならないのか理解できていないようでした。
専従や議員など、党活動一本でやってきた人ほど、異性とのつながりが薄く、理論的にはよく理解しているつもりで実際自分がどう接すべきか体験していない。ここに大きな問題があります。
ですからむしろ私はいいたい。
「専従・本部勤務員こそ大いに外で酒を飲もう!特に異性と頻繁に合コンをやろう!」