自己批判してみたり、撤回してみたり、大変そうですが、今、党の方針は名実共に変わってしまい、全学連の書記局も含め、学生運動の活動家に運動ばかりして勉強ができない環境にいる人はほとんどいないはずです。今、学生党員に勉強をしろという事をいっても、勉強していますから、何のアピール力がないはずです。学生は、10年間の構造不況とそれが原因とされる就職難で、勉強しないと就職できないので、必死なのです。これは、大学教員から聞いてみればわかりますが、それが現実であり、学生運動活動家もそのつもりです。だが、個人的な資質で勉強していない党員はいるらしいですが、それは、学生運動と何の関係はありません。
何度も同じ事を描かせて頂きますが、当時の学生運動の問題は、活動家個人の問題ではありません。「勉強をしよう」という方針はありましたが、人生の先輩としての党が、学生運動の実態を見て見ぬ振りをしていたのが問題でありました。これは、学生という人生経験が少ないガキの個人的な問題で解決できない問題でした。真面目で責任感のある学生にかぎってそうでした。ずるがしこい奴は、地区委員会には、一生懸命活動しているように偽り、単位も適当にこなし、学生運動家を馬鹿にしていました。その構造的な問題は、党が根本的な方針を名実共に変えない限り解決しない問題だったのです。昔の党や民青の専従や生協・民医連の職員は、学生運動・生協運動べったりで、学業を放棄して大学を中退して専従をしている人が多かったので、いくら方針で「勉強をしよう」という方針があっても、紙の上だけの話だったわけです。
只、いくら勉強しているからといって、「大学で何を勉強すべきなのか」というテーゼを自覚している学生がどれだけいるのかはわかりません。何を勉強すべきかわからないままに大学の4年間を過ごしてしまっているでしょう。勉強は、大学を卒業すれば終わりではありません。実社会では、大学で学んだ学問は、まったく役に立ちません。学生時代までの勉強は、それからどうやって社会の中で働いていく為の勉強をどのようにやったらいいかを学ぶ場だと思います。今の学生には、社会で、人・組織・時間・空間・関係・金などを動かす事業を展開する為には、何が必要なのかを学ぶ環境がたりないのではないでしょうか。