突然ですが、一体、私達は、個々さざ波に集い、何を討論し、なにを目指しているのでしょうか?
私は、最初から申し上げているように、共産党員であり、共産党が生ぬるく、黙ってみていられなく、さりとて、他党はさらに納得できないので、共産党を基盤とした(?)ここさざ波にやってきました。
もちろん党支持者から党員に登録したのも、何か、着々と、よくない方向へ流れていく気配に反応してのことでした。’99年の新ガイドラインのころから、日本は目に見える形で、軍事国家への装備を着々とリアルに推進しはじめました。問題意識のさほど鮮明でない私にもわかるくらいですから、現実はさらなる重装備のことと推測できました。
そして、9・11という象徴的な、歴史的事件が勃発。犯人とされたビンラーディンのメッセージ、ブッシュの戦争教書、続くメディアの戦況報道ならぬ戦狂報道。洞窟に追い込む狸か狐をいびり殺すかのような、いえ、そんな軟なものでない、ハイテク兵器につぐハイテク兵器で、逃げ惑い泣き叫ぶ素手の人間たちを、殺虫剤のごとく放射能攻め。いっておきますが、タリバン政権はレッキとしたアフガニスタンの政権だったのですよ。
アフガンでは、湾岸戦争の何十倍もの劣化ウラン弾を散布。イラクでは、水素爆弾さえ使われた形跡があるという。この爆弾の恐ろしさは、みなさん、おわかりですか。一瞬のうちに大人が幼児くらいに縮み、車複数が溶けたアメのように延びる。何百人という遺体は、その証拠隠滅のために、地中深く、手早く埋められたといわれています。その痕跡はしっかりとあります。米国は、一回の戦争のたびに新たな武器の人体実験をやらかします。
他のメール「阿修羅戦争38」とか、石原(慎太郎)4といったものを検索すると、無料で、真実の一片が分かると思います。ここは、事件の現象面に別の光をあて、別の角度、真相にせまる検証がなされています。
また、イラク戦争前、フセインバッシングが大流行。北朝鮮バッシングとセットで、米国のシナリオどおりに、日本のみなさんは、フセインの独裁を大量破壊兵器を大合唱。これはみなさんばかりでなく、共産党を含む全ての政治家、全てのメディア、私の個人的に知る議員からかつて支持していたジャーナリストまでもが口をそろえて、フセイン独裁、金正日独裁、とわめきたてました。もちろん現在も、やや論調は弱くなりましたが、根っこにはしっかりとながれています。
当時、、私は、今言うべきこと、今批判するべき対象の優先順位を主張してきました。米国が己が欲望・野心のために強盗殺戮を断行せんとするとき、殺られる側のすね傷を暴き、批判・糾弾する行為がどういう役割をになうことになるか、訴えてきたはずです。
かくて、私の危惧するとおりに、米国の戦争は発動され、国連も無視してなされた蛮行は未曾有の悲劇をうみ、いままた、性懲りもなく、無法な占領政策をおしすすめています。フセインの独裁を、大量破壊兵器をいうことが、戦争勢力にいかに大きな後押しをしたか、戦争賛成派は、ほくそえんでいることでしょうか。あるいは、純粋にイラク解放戦争とあくまで信じきりたい輩は、だれかのように、「フセイン独裁が崩壊して戦争は終わったのだ。これからは、米国の民主主義によって、イラクは素晴らしい国になる」と、その妄言にしがみついて突き進むのでしょう。狂言も、何十回、何百回となえれば、「真実」になるようですよ。ジェシカ・リンチが何億という出版契約で、救出劇の手記を発表するという。捏造であれ、なんであれ、声高に何回でも
何回でも、くりかえす。これって、米国流民主主義の常套手段なのです。
フセインも、金正日も、本当に、わたしたちは、その実態・素顔をしらないのではないでしょうか。イラクは遠すぎましたし、北朝鮮は、戦争中断絶されたままの、異常な日朝関係です。くる情報は、米国指令下の歪曲報道。よくみなさんが、ラングーン事件だとか、何とかという女性の爆撃事件のことをとりあげ、北朝鮮バッシングの拠り所にしますが、いったい、どうして、こうした国家がらみのことを、200%信じて、その根拠をもとに、非難するのか、わたしには、その短絡性が不思議です。
いいですか、みなさん。朝鮮半島は、日本の戦争下では、植民地とされ、その辛酸はたとえようもないご苦労をされたのですよ。朝鮮半島を基地にして、日本軍は、第二次大戦をたっぷりとやらせてもらったのです。領土を、人民を徴用、徴兵し、ろくな武器ももたせず、敵の防波堤にしたなんてこともあったそうですし、南京虐殺にしめされるとおり、日本軍の蛮行は、おぞましいかぎりです。これをなかったとかという論説もありますが、そうした輩の作文を読むと、まるで論理破綻、矛盾だらけです。こちらのかたは、やはり、声は大きいですが、あまり、頭はよくないようです。
そして、おおかたが、細部にのみとらわれ、人の原稿の一部分に焦点をあて、言いがかりともいえるような論調で反論されます。もっと、全体、過去書いたものぐらい、少しはよんで、相手の認識を把握した上でものをいったらどうかとおもいます。
で、北朝鮮ですが、過去のそうした事件も、本質は明らかにされていないということなのです。ご承知のように、北と南は、朝鮮戦争をたたかわされました。同じ民族どうし、米国の意図のもと、南に米国の傀儡政権・軍事基地をおき、北の民主化を阻むという魂胆です。南には、当然、そんな米国の犬が集まり、共和制を敵視し、同胞の争いを誘導し、現実の殺戮にお互い、癒しがたい傷をのこしました。
そうしたもろもろの確執をかかえたままの、米、日、中、露と韓国、そして北があるということです。ちなみに、韓国の拉致被害者は、何百人ともいわれています。数ではないし、拉致などたいした問題でないというつもりは、毛頭ありませんが、日本人だけが、突出した被害感情むきだしの政策では、解決するものもしないということです。
一方、中国大使館爆撃、見事な「命中誤爆」のことは、米国がやれば、一切おとがめなしです。
スーダンのワクチン工場を爆撃し、2万人の乳幼児の命を抹殺し、ビンラーディンを怒らせても、おかまいなし。国連と結託し、100万人の餓死をあえて誘導する米国にも、異議をとなえない。
このヨーロッパ文明の傲慢さ、自分の「普遍性」の信仰が、少なくともアフガニスタンで遺憾なくその猛威をふるったのである。・・・老若男女を問わず、罪のない人々が、街路で、畑で、家で、空陸から浴びせられた銃爆弾にたおれた。原爆以外のあらゆる種類の武器が投入され、先端技術の粋をこらした殺傷平気が百数十万人の命を奪った。さらにくわえて、600万人の難民が自給自足の平和な山村からたたきだされ、氷河の水より冷たい現金生活の中で、「近代文明」の実態を骨の髄まであじわわされたのである。その甘さだけを吸いえた者は同胞を裏切って欧米諸国に逃亡し、不器用なものは乞食に身をおとしていきのびた。これがわれわれの信じて疑わぬ進歩と民主主義、その断罪する「八紘一宇」となんら変わらぬヨーロッパ近代文明の別の素顔である。アフガン人の打ち首処刑や復讐の残虐性・後進性に憤激するものが、「人権」をかざしてその幾万倍もの殺戮を行わせ、文化さえ根こそぎ破壊しようとした。かつてユーラシア大陸を震撼させたモンゴリアさえ、こんなことまでしなかった。
そして「謝罪」どころか、ほこらしげに「人道的援助」が破壊と同一の口から語られるとすれば、これを一つの文明の虚偽とよばずしてなんであろう。私は今、日本とアジアを思う一日本人として、「アフガニスタン事件」の一人の証言者として、「新世界秩序」にひそかに戦慄を覚える。
過去10年にわたって我われの眼前で繰り広げられた出来事からいえることは、中世はおろか、古代か人間の精神構造は、複雑になっただけでそれほど進歩はしておらず、技術の水準だけ野蛮でありつづけたということである。私はアジア的な封建制や野蛮を決して肯定しているのではない。譬え文明の殻をかぶっていても、人類が有史以来保持してきた野蛮さそのもの、戦争そのものが断罪されねばならないとおもうのである。(アフガニスタンの診療所から)中村哲
(続く)