私は、若い頃は、長い間、前衛党という概念を信じていたが、現在は、全く信じていない。
大体において、マルクスが絶賛したパリ・コミューンでは、数多くの党派・潮流が激論と論争を繰り返し、競争関係にあった。
ロシア革命においても、内戦中でさえ、政治活動は自由であったし、ボルシェビキ内での分派活動は、事実上自由であった。
元々、レーニンがボルシェビキを率いたのは、メンシェビキから排除されたからであって、
排除されていなければ、社会民主党内の一潮流に留まりつづけていたと思われる。
また、メンシェビキが、権力を取ることを選択し、和平への道を選択したならば、ボルシェビキは、果たして、権力をとれたであろうか?
歴史にIFは無いというのは、全くのドグマだ。
共産主義者を自認する者達が、ロシア革命から、数多くの事を学んだように、ブルジョワ政党も、社会民主主義者も、同じように数多くのことを学んだ。
歴史に「IFは無い」等というドグマを信じてしまうから、常に、共産主義者は正しい選択をし、ブルジョワ政党と社会民主主義者は、国民を裏切るという、途方も無いドグマを生み出した。
ロシア革命以後、世界中の「共産主義」を自称する数多くの党が、革命を裏切り、ブルジョワ政党や社会民主主義者の党が、国民の側に立って、革命を推進してきた。
私は、前衛的な潮流そのものを否定しない。
しかし、特定の党・党派が、それを独占できるとは、到底考えられない。
こんなドグマこそ、世界の共産主義運動を変質させ、破滅的な打撃を与えたと考えている。
共産主義者は、いろんな党に、散らばり、切磋琢磨しあって、いいじゃないか。
人間は、時には、敗北し、仲間や家族を裏切る事だってある。
しかし、一度裏切ったら、永遠に終わりじゃないはずだ。
共産主義者を自称する人より、はるかに共産主義的な人を、ブルジョワ政党や社会民主主義者の中に見付けることが出来る。
特定の党に入れば、「人類の解放者」「正義の味方」となり、それから抜ければ、「裏切り者」「脱落者」等という途方も無いドグマこそ、全世界の共産主義運動を破壊した。