ある地方新聞の11月26日付け2面のコラムにこう書いてある。
「衆院選大敗でも執行部責任なし、強気?共産党」と、その理由は共産党には「執行部の責任が問題になるのは、路線や方針の誤りを犯した時だけ」(志位和夫委員長)と言う「党内の常識」があるので執行部は守られているのだそうだ。
だから社民党の党首が変わり、保守新党が解体されても「ご自由だ」(市田書記局長)やはり何事にもめげない党は強いのだろう。
そういえばこの党の外面だけを見れば、過去どんな誤りも犯したことがない完璧な政党なのだと納得できる。
選挙で惨敗しても、党名と全く違う綱領が作られようとも、大きく路線変更しても、はたから見れば大丈夫かなと思うくらいにふらついても「断じて動揺しなかった」し、そう言えば党史も相当に都合よく変更されてきたっけ。
やはり凄く伝統ある政党なのだろう。
しかし、このご都合主義はそろそろ変えなければならない、そうでなければ党は持たないところに来ている様に思う。
志位さんは今度の総選挙の敗北理由の一番に「自民と民主の姿勢が明確になるのが遅かった為、共産党の主張を浸透させる時間が足りなかった」と言って弁解している。
しかしこの論法は変だ、総選挙なら解散権は首相が握っている、こんな事言ったら総選挙ではいつまでたっても勝利などありえない。
今までのどんな選挙、参議院選でも時の与党が勝てる情勢を作り選挙に突入していつた。
かの地方選での倍倍ゲームの時でも、土井さんの山が動いた時でも
政党の選挙戦略より「世の中の良識」が政権党にお灸をすえて多少選挙結果が変わっただけである。
もとより今の小選挙区比例代表制を典型としたブルジョワ選挙は政権党が勝つように作られた制度であり、極一部例外を除き「完全野党」が勝利するのは困難な事を歴史は証明している。
勿論管さんが言うような同じ体質の政党同士の二大政党論など同じコップの中の争いごとであり、基本的には何の変革でもないので論ずる必要もない。
おそらく今後この党が選挙に勝利する時は、それこそ「党」そのものが綱領を何回も何回も変更していって、完全にブルジョワ政党に変わって初めてありうるということではないだろうか?
名実共に共産党でなくなって初めて勝てるなんて悲しいものではある。
これまでの共産党の議会主義が幻の産物である事を皆さんそろそろ気づくべきではなかろうか?
これが地方紙の辛辣なコラムを見ての感想である。