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一般投稿欄

吉野さんへ御礼

1999/9/16 さつき、40代

 私の5月5日の投稿にたいする編集部の対応に感謝いたします。
 また、事情があって、長らくレスできませんでしたが、「ものごとの優先順位に注意を」との5月15日の吉野傍さんによる私に対する疑念の投稿にもお礼を申し上げねばなりません。
 私は前回の投稿にも書きましたように、1970年代の後半を学生党員として過ごし、その後、さまざまな理由から離党した元党員です。党中央に関しては吉野さんやこのページを開設された党員有志の方々よりももっと批判的な見解を多々もっているつもりで、だからこそ離党したのです。一方、選挙では一度も棄権することなく共産党に一票を投じ続けてきました。
 以下、簡単ですが、吉野さんの指摘にそって、私の本意を述べさせていただきます。

「たとえばさつきさんは、『戦略としての「安保凍結」と「安保容認」を混同するような人種は(とりあえず)相手にしないことです」と言っています。この意味がよくわからない。この混同をしているのは、多くの一般国民です。党内にさえ混同をしている人がいるぐらいですが、まあそれはおいておいたとしても、共産党が獲得すべき対象としている多くの国民がそのような混同をしていると思いますが、そのような『人種』を相手にしないのだとしたら、いったい誰を相手にするつもりなんですか?」。

 すみません、不適切な表現がありました。しかし、私が「(とりあえず)相手にしないことです」と書いたのは、そもそも、このホームページは広く一般国民に向けて、党のあるべき姿をアピールするために開設されたのではなく、主として、党員や党に感心を寄せる人達に向けてのものであるとの認識の上でのことです。そのような対象にとって『安保凍結』と『安保容認』が文字通り異なる意味を有する事はあまりに自明の事と思ったからです。この部分だけでは問題の所在が噛み合っていないので、次に移りましょう。

「共産党が安保容認に傾いたと多くの国民が思うことで、安保の不可侵性のイデオロギーがどれほど強化されることになったか、このことをどうして考慮しないんですか? 国会内で、正式に安保廃棄を綱領・基本政策に入れているのは共産党だけですよ。少数ながらきっぱりと安保廃棄の基本政策を持っている政党が国会内にいることで、安保翼賛体制に多少なりとも風穴をあけることができているわけでしょう。その共産党が安保容認に傾いたという印象を国民が持ったとしたら、『共産党ですら安保容認なのか、じゃあ、やっぱり安保は日本に必要なもので、正しいものなんだ』という意識が強まることになるでしょう。この問題こそが実際には決定的なのであって、高尚な戦略論議よりも無限に重要だと私は考えます」。

 綱領の全体を通して読めば明かなように、正式に憲法改正を射程に入れているのは共産党だけです(特に天皇制の位置づけ)。それを現在は「護憲」と言っているのも本質的には同じことで、当面の「安保凍結」が国民の前に明示された形での戦術的な選択としてあっても良いのではないかというのが私の主張の核心です。綱領には、ある意味「護憲」から「改憲」への道筋が、国民の総意に基づく選択の上でのプロセスとして明かにされています。そのプロセスの中で、「安保凍結」を言うのなら「安保破棄」へ至る道筋をもっと国民にきちんと説明すべきだと主張するのなら理解できますが、「安保凍結」イコール「安保容認」で、とんでもない路線変更だとの主張は、少なくともこのホームページに感心を寄せる人達に向けてのものとしては不適切ではないかと言いたかったのです。

「さらにさつきさんは、『政権に参画するというそれだけで重要な意味がある』とおっしゃいます。その理由は、『政権中枢にかかわる「高級官僚」に独占されている(極秘)情報の取得は日本革命の展望にとって極めて重要な意義がある」からだとおっしゃっています。ここでも、ものごとの優先順位に大きな混乱が見られます。政権の中枢には、一般市民の想像もつかぬ重大な秘密があって、その秘密を知ることは、政策上の基本原則を守ることよりも重要なのだ、というわけです」。

 私は、「政策上の基本原則を守ることよりも重要」とは言っていません。例えば、「護憲」の位置づけについても、綱領の詳細な記述により基本原則が明示されていると思っているのですが、「安保凍結」から「安保破棄」への道筋もその中に含まれていると考えています。

「百歩譲って、そのような秘密があるとしましょう。では、不破委員長が考えているような暫定連合政権に共産党が入ることで、どうしてそのような秘密を入手することができるんでしょうか。なぜなら、さつきさんによれば、『日米の軍事同盟の裏で何が進行しているのか、シビリアンコントロールをひょうぼうしながら、現在の政権党にさえ十分は知らされていない事態が進行している可能性だってある』そうですから。何十年も政権にいても知らないような『秘密」を、一瞬だけ政権につく『暫定連合政権』の、しかもその中の少数派である共産党が、どうして知ることができるんですか? しかも、共産党は、たとえ政権に入るとしても、せいぜい労働大臣か何かにつくのが関の山でしょう。誰が共産党の議員に防衛庁を担当させようとするでしょうか?」。

 ご存じのように、安保条約は国民生活の隅々にまでわたって、何らかの形で関わり、影響を及ぼしています。例え、何大臣であっても、一部官僚が独占している情報の一端からでも、国政の歪を大きく正す契機となり得るものが出て来ると考えるのが自然と思うのですが?
 70年代の党の躍進の時期には、一部官僚からのものも含め、共産党への多くのタレ込み情報があり、国会の場での共産党議員の突っ込みは相当切れ味鋭いものがありましが、現在はお粗末なものばかりで、それは、党の情報収集能力の明かな低下を示していると思います。

「さつきさんのおっしゃっていることは、ある意味でエリート主義的で、陰謀論的です。安保廃棄にとどまらない究極目標を持つ革命政党の指導部たるや、一般庶民や一般党員(『そのような人種』)の理解の範囲を越えた深遠な『戦略』を持ち、表向きの説明とはまったく違う真の隠された意図を持っていなければならない、そして現在の『護憲』もそのような深遠な『戦略の一つ』(もっとはっきり言えば「マヌーバー」)にすぎないというわけです」。

 情報公開を言いながら、あるいはあからさまに、国政を左右する重要な情報が隠され続けて来たことは、(この間のさまざまな事件・出来事を見れば)誰でも知っていることです。国政に関わるあらゆる情報を広く国民の前に公にするという戦略が、マヌーバーの対極にあることは理解していただけると思います。もちろん正攻法としての情報公開法への取り組みが優先されなければならないことは言うまでもないことですが。

「私は不破委員長の政権論は、そのような深遠な戦略とは程遠い、単なる『大臣病』の一種だと思っているので、・・・(以下略)」。

 不破氏が「大臣病」を患っているとなると、共産党は救われませんね、まったく。本当にそうお考えですか?
 この後の吉野さんのご意見には私も賛成で、私の悪文に非があります。

「また、不破政権論にしても、国旗・国歌の法制化容認にしても、すべて党内でのいかなる討論にもよらず、一方的に指導部が決定したことですが、これもさつきさんの価値観や戦略観からすれば、許されることなんでしょうか?」。

 ここで、不破政権論全般を議論する余裕はないのですが、「国旗・国歌の法制化容認」については、完全に失策であったと思っています。中央委員会、特に不破委員長が先走り過ぎる点に関してですが、民主集中制も、実際の運用面についてはあまり細かな規定はなく、その隙間を付く形で『さざ波通信』も存在し得ていることは、編集者氏の文章にも表われています。要は、多くの党員がどう思うかということではないでしょうか?
 私自身は党員ではないので、希望を述べさせていただくと、委員長たるもの、単なる中央委員会のスポークスマンではないのだから、綱領路線を逸脱しない限り、ある程度小回りのきく対応は許される方が良いと思っています。不破さんにならって、テレビの討論番組に出席する党議員など、皆さんもっと持論を展開できる雰囲気ができるようであれば、不破さんの功績ともなるでしょう。そうすれば、「さざ波」ももっと盛り上がる筈です。要は、綱領路線に対する信頼を党員が共有できているかどうかということでしょう。
 最後に、長い不在から復帰して浦島太郎の気分ですが、改めて私の投稿を読み返すと吉野さんの批判ももっともと思えるひどい文章でした。吉野さんの私に対する批判がなければ、げじげじさんが危惧されるところの、共産党に対するマイナスイメージをふりまいただけで終わるところでした。改めて御礼申し上げます。
 また、離党して長い年月がたち、綱領や党の規定の細部について正確な知識がなく、思い違いがあるかもしれません。またご批判下さい。