9月12日の吉野傍さんの投稿で、これまでの討論の整理をしてもらっています。しかし、吉野さんには私の投稿内容に対しての誤解があり、その誤解に基づいて反論を展開されています。
(1)「旧来の組織原則の維持を試金石としている」について
吉野さんは、私が「旧来の組織原則を維持しているかどうかが、『崩壊』や『低迷』をこうむるかどうかの試金石であるとみなしている」と書いていますが、それはとんでもない誤解です。もし、吉野さんの言う「旧来の組織原則」の維持を試金石とするならば、私があげた「社会主義国」や外国の多くの党の共産党の低迷は、私の立場からはまったく説明できなくなってしまいます(もっとも、私は8月14日の投稿で「『社会主義国』の崩壊に関して、その原因を全面的に展開する能力は持ち合わせていない」ということで、ふれていませんが)。私は、吉野さんが言うような意味で「旧来の組織原則の維持を試金石であるとみなす」などと言ったことはありません。私が書いた次の部分で、吉野さんは誤解されているようです。
「歴史の教訓に学ぶべきだとしたら、これまで党中央や個々の党員の多くが『統一と団結』という姿勢を原則的に保持していたからこそ現在の日本共産党があるのではないでしょうか(多くの『社会主義国』が『崩壊』し、各国の共産主義政党やその運動が低迷している中、日本共産党の存在はきわめて重要だと思います)」(7月30日)
現在の日本共産党にとっての「歴史の教訓」と言えば、やはり、50年問題が大きいのではないでしょうか。そして、ソ連や中国の共産党からの不当な干渉・攻撃の中で、それ(民主集中制)が確かめられたのではないでしょうか。そういう意味で、私は上記のように言ったのであって、民主集中制という組織原則によってのみで、現在の日本共産党の存在を説明したわけではありません。外国の党からの干渉・攻撃の中での民主集中制の果たした役割について述べたものなのです。また、多くの「社会主義国」や外国の党の低迷についても、私は民主集中制が試金石であるということを言っていません。事実として、多くの「社会主義国」が崩壊し、多くの外国の共産党が低迷している(これについては後述)と言っているのです。その原因については言及していません。そういう現実のもとでの日本共産党の存在の果たす役割の大きさを言っているのです。むしろ、「旧来の組織原則の維持を試金石」とみなしている(逆の意味で)は次の文章にあるように吉野さんの方です。
「まずいわゆる社会主義国の崩壊ですが、これはなぜそもそも崩壊したんでしょうか?・・・いかなる分派も認めず、一枚岩の外観を作り出すことに全力をつくし、異端を排除し、討論を抑圧してきたからでしょう」。(8月7日)
「日本の党は、先進資本主義国の共産党の中では、はっきり言って、アメリカ共産党についで超集権的な党です。・・・ふつう、先進資本主義国では,このような状態がはびこっている場合には、強力な反発が党内から生じ、アメリカ共産党のようになってもおかしくない・・・」。(8月22日)
以前も書きましたが、、多くの崩壊した「社会主義国」の党やアメリカ共産党の民主集中制のあり方と、日本共産党のそれとを同列に見る立場からは、現在の日本共産の存在は説明できないのではないですか? とっくにアメリカ共産党のように分裂していなければならないのではないですか? 崩壊した「社会主義国」の党が民主集中制によって運営されていたとは考えていません。スターリンなどによって民主集中制が根本から破壊されたのではないですか。ですから、ソ連べったりだったアメリカ共産党が「分裂」したからといっても、当然の成り行きだと考えます。私は吉野さんのように、崩壊した「社会主義国」の党=「旧来の組織原則」=日本共産党=アメリカ共産党というような図式では考えていないのです。そこにおいて、吉野さんとまったく違うわけですから、それを無視すると変な議論になってしまいます。
(2)各国共産党の現状について
以前の投稿(8月14日)で、私は次のように書きました。
「各国の共産主義政党やその運動が全体的にいって『低迷』しているというのは事実認識として間違っているとありますが、はたしてそうなのでしょうか? ソ連崩壊後、多くの共産党は党名を変え社会民主主義政党になったり、分裂したり、解党状態になったりというのが事実ではないでしょうか。もちろん、部分的にはさまざまな模索の中で一定の前進を果たしている国もあると思いますが」。
ヨーロッパ各国の共産党がどうなったのか。旧東欧諸国の共産党はほとんど社民化。イギリスやオランダ、ベルギーなどは実質解党状態にあります。アイルランドは分裂し、影響力がほとんどなくなり、スペインは三つに分裂しました(その後統一左翼を結成したが)。イタリアは党名を変え社民化し、少数派はイタリア共産主義再建党を結成。フランスは民主集中制を放棄したものの低迷状態であり、ソ連追随で「民主集中制」を維持しているといわれるポルトガルも低迷状態。そういう状況下で、分裂した片方の少数派(イタリア共産主義再建党)や旧政権党を前身に持つドイツ民主的社会主義党(先日の『赤旗』にも載っていた)が一定の前進を果たしているからといって、「低迷」を認めないわけにはいかないでしょう。また、吉野さんが例に出されているイタリア共産主義再建党でその後も「分裂騒ぎ」があったということも聞きました(はっきりしません。私の思い違いかもしれませんが)。
(3)HP上での党員の議論について
吉野さんは次のように述べています。
「このHPが規約に反していると思っている党員が、このHPに投稿しないのは当たり前。しかし、私が言っているのはそんなことではなく、そういう党員の目から見ても明らかに規約に違反していないようなHPや掲示版もあるというのに(たとえば、共産党を全面的に支持する立場からのHPや、党の地方議員や支部自身のHPにある掲示版)、そこを見ても、やはり党員がほとんど書き込んでいないし、発言していないという事実を問題にしているのです」。
党の支持者によるHPや支部、議員などのHPへの党員の投稿が少ないというのは、むしろ党内での討論が一定程度確保されていることのあらわれであるという見方もできます。吉野さんなどが言うほど党内での討論が押さえられているのなら、『さざ波通信』だけではなく、支持者や、支部、議員のHPの掲示板にもっとさまざまな投稿がされるのではないですか。それに、支部や議員のHPは党内に対して向けられたものではなく、より広く党や議員活動の姿を見てもらうためのものであり、その投稿も党員を対象とすると言うよりは、党支持者やその周辺の人々に対してのものであると思います。そういうHPに対しての党員の投稿が少ないからといって、「ほとんどの党員がどんな立場であれ討論に参加しようとしていない」というのはおかしいです。また、共産党内のインターネットの普及率や、その重要性の認識度の低さ、あるいは防衛上の問題に対する不安などもあるのかもしれませんが。
それほど重要だとは思いませんが、私の引用に対しての誤解があるようです。私が吉野さんの言葉を引用したのは「『党内での議論のあり方など・・・』・・・できなかったはずです」であって、「このHPがなければ」という部分は吉野さんの言葉の引用ではありません。カッコの位置を確認して下さい。この議論が『さざ波通信』というHPを問題にしているわけですから、「このHP」=「党外から見えるところ」という認識で、吉野さんの「もし完全に党外から完全に見えないところで議論されていたとしたら」を言い換えただけです。別に訂正してもかまいません。