(注:意見書には表題がついていませんが、便宜上、上記の表題をつけました)
十二回大会を迎えるに当たって、党中央委員会は先ほど「民主連合政府綱領についての日本共産党の提案」を党内外に発表しました。このことは、民主連合政府樹立の課題が日程にのぼろうとしていることを反映するものであり、いま日本革命はその展望において、きわめて重要な時期を迎えようとしていることをしめすものであります。このことを深く考えて私は敢えて筆をとり意見書を提出しました。
私のこれからのべようとすることがらは、おそらく党のとりあげるところとならないであろうことはもちろん、十二回党大会決議草案の立場からすれば、最悪の日和見主義と論難されることが予想されます。それだけに筆の運びはきわめて重いのですが、ただ、私の共産主義者としての自覚と党員としての義務感が筆の運びをささえてくれました。この意見書を階級闘争の傍観者の見解、徹底した日和見主義者の見地等々と非難されるのは仕方ありませんが、どうか棚上げされずに、少なくとも常任幹部会で討議し、私の提案するいくつかのことなりとも回答してほしいと心から願うものであります。
十二回大会にあたって、私が何よりも提起したいことがらは、わが党が民主連合政府綱領を提案するにいたった今日、あらためて全党の党活動を全面的に検討し、総括する必要があろうということであります。民主連合政府の樹立が日程にのぼろうとしていることは、日本革命がその展望のなかで一転機を迎えようとしていることを意味します。わたしたちにとっては、民主連合政府の樹立が目標そのものではありません。その樹立ととともにたたかいを綱領のしめす新しい民主主義革命の勝利へ連続的に発展させることをめざすものであります。民主連合政府の樹立そのものが反動勢力とのきびしいたたかいなしにかちえられぬものですが、さらに革命勝利へ発展させることは、反動勢力に抗してのいっそうきびしい闘いであることは明白です。これら一連の過程のなかでわが党がその重大任務にこたえうるためには、民主連合政府綱領を提案するにいたったいまこそ、わが党の党活動を全面的に点検し、検討を加える努力をはらっておくことが必要であると考えます。
このことについて、「八回大会以来、わが党はひきつづく前進とかがやかしい成果をかちとってきたし、この十余年の実践のなかでわが党の総路線の正しさは検証され、いまや確定したものとなっている。あらたまって、党活動の全面的検討というものは、まずこの十余年の全党の実践から学ぶべきである」といわれるでありましょう。また、「十二回大会にあたって、党中央はこの3年間の党活動を全面的に総括し、大会決議草案をつくりあげた。党活動の全面的検討といって、本当は何がいいたいのか」ともいわれるかもしれません。
八回大会以来、わが党がひきつづく前進または躍進をとげてきたことは周知の事実でありますし、この十数年の実践のなかでわが党の総路線がたえず検証をうけてきたことも、まぎれのない事実であります。しかし、それにもかかわらず、民主主義革命の勝利を展望して党の総路線の正しさが実証されたということにはならないこともまた明白な事実であります。かつてインドネシアの党が、統一戦線政府のもとで、百五十万の党から二百万の党へ、さらに二百万の党から三百万の党へと躍進をつづけていたとき、だれが一九六五年九月三〇日以降のことを想像しえたでありましょうか。アイディット報告で三百万に達したといわれた資本主義国最大の党勢力は、九・三〇弾圧によってどうなったのでしょう。こうした重大な結果をどうしてまねいたのか、その全面的な総括はインドネシアの党と人民のなすべきことでありましょう。しかし、九・三〇前夜におけるインドネシアの党の方針に重大な誤りがあったのではないかということと、躍進をつづけていた当時のインドネシアの党の活動に根本的な弱点が内包されていたのではないかということだけは、誰にも容易に想定できるでしょう。こうした教訓からも、わが党がこの十余年間ひきつづく前進または躍進をかちとってきたにせよ、――いやむしろひきつづく前進または躍進をかちとってきたからこそと云うべきではないかと思いますが――来るべき革命の重大任務の遂行という見地から党活動の全面にわたって検討する必要があるわけです。
また十二回大会決議草案がこの三年間の党活動の総括の上にたって出されていることについては、それがこの十数年来の党活動のひきつづく発展をめざすという見地で総括されていても、民主主義革命の勝利を展望して党活動を全面的に検討する立場でなされているかということについて大いに疑問があるからであります。
私がいいたいことを端的に申し上げることにしましょう。
十二回大会を迎えるにあたって、わが党の党勢力は、党員数三十数万、機関紙読者三百万近くとなり、七回大会当時の現状と比べるならば、党員約十倍、機関紙読者数十倍となり、総選挙の得票も五倍以上で、一大躍進をとげました。これを一九五〇年以前のわが党の最盛時とくらべるならば、党員で約二倍、機関紙読者は数十倍、総選挙の得票は約二倍で、文字通り党史上最高の党勢力がきずきあげられています。
しかしながら、これを労働組合運動に対する党の影響力という点からみるとどうでしょう。現在、わが党は一九五〇年以前の最盛時とくらべて、党勢力や選挙での党の影響力においてその二倍の力を持つに至ったのに、労働組合運動への影響力という点では、はるかに立ちおくれているという冷厳な事態に直面しなければなりません。戦後一九五〇年頃までのわが党は、その指導の内容にはさまざまな検討すべき弱点があったにせよ、百数十万の労働者を結集した産別会議に指導的な影響力をもっていたことは周知の事実であります。当時、日本の組織労働者の大きな部分が、政党支持の自由を強調する戦闘的なこの産別会議に結集していました。ところで、現在の日本の組織労働者の主な部分を結集する総評や同盟は依然として、「特定政党支持」の義務づけを決めており、その中での「労働組合運動の階級的民主的潮流」はたしかに増大してきていますが、まだまだ少数です。わが党が労働者階級の前衛党であることを考慮に入れるならば、党勢力と総選挙の得票で一九五〇年以前の最盛期の二倍をこえるまでになっているのに、労働組合運動への影響力という点ではかつての盛時におよんでいない、いやそれどころかかつての最盛時の水準を回復するには、なおかなりの努力を要する現状にあるということは、重大な「立ちおくれ」といわねばならないでしょう。現在とかつての社会的・政治的諸条件のちがいや、現在わが党がかつての労働組合運動のありかたや、党の指導をそのまま再現することをめざしているとは必ずしもいいがたいことなど、さまざまなことを考慮に入れても、なお「立ちおくれ」は明白な事実であり、回避することのできない重大な事態であります。さらに、労働組合運動へのわが党の「立ちおくれ」は、労働運動そのものの立ちおくれを意味しており、七〇年代に民主連合政府を樹立するという十一回大会の目標からみても、民主連合政府の樹立から民主主義革命の勝利をめざすという日本革命の任務からみても、きわめて重大であるといわねばなりません。
このことについて、「党中央ははやくから事態を重視して、八回大会九中総、十回大会六中総、「手引き」、十一回大会十中総など、全党の労働組合運動強化のためのとりくみをつよめる根本方針を明らかにしてきた」といわれるでありましょう。確かに党中央は、労働組合運動の強化発展のための方針をくりかえし出すとともに、つねに、そのとりくみをつよめるよう全党に指示してきました。しかしながら、問題の核心は、「立ちおくれ」が解消されたかどうかにあります。
すでに五年前、十回大会六中総は「党の政治的組織的力量の強化は、労働組合運動の分野での指導力の拡大にかならずしも反映せず、その面では大衆運動の他の分野にくらべても全体としてたちおくれた状態」にあることを指摘し、全党が力を集中してとりくみ、労働組合運動内で大きな影響力を確立するよう奮闘することを指示しています。その後すでに五年、この分野での「党の立ちおくれ」は解消されたか、あるいは解消される方向に向かっているといいうるでしょうか。その間に、いくつかの点での改善がみられ、とりくみの前進がはじまっているとはいえ、なお「立ちおくれ」が根本的に解消される方向に向かっているとはいうことができないでしょう。逆に「立ちおくれ」がつよまったとまではいいえないにせよ、その後の党勢の一そうの拡大、選挙での党の得票の躍進などがあり、立ちおくれの事態がむしろ明確になるという事態が進行したといわざるをえません。
これに対して、「立ちおくれはそのように簡単に解消されるものではない。『党の立ちおくれの最大のもっとも根本的な原因は米日反動層の反共攻撃とこれにつながる反共社会民主主義者の策動にある』(前出、六中総)以上、労働組合運動強化のとりくみは党の方針にもとづいてつよめられつつはあるが、たちおくれが一挙に解消されるものではない」といわれるでしょう。しかしこれは弁明にすぎません。十回大会六中総後すでに五年を経過しており、さらにあと五年もこれまでと同様の経過が進行するということは、七十年代に民主連合政府を樹立するというわが党の大会目標にとってどういうことを意味するものか申し上げるまでもないでしょう。現在のところ、数年間で労働組合運動に画期的変化がおこるという保障はつくられていませんし、総選挙の結果が労働組合運動内部に影響を及ぼし、ある変化をつくり出したことが重視されていますが、労働組合運動に根本的変化をつくり出すのはやはり労働組合運動への独自のとりくみであって、総選挙などの影響を過大視することはできません。
十回大会六中総は、米日反動の攻撃と反共社会民主主義者の策動とともに、他方では、わが党の弱点や欠陥が労働組合運動での党の立ちおくれの要因となっていることをみとめ、この欠陥を克服するならば、労働組合運動の分野で指導的力量をつくりあげる客観的主体的条件はあきらかに存在しているとのべています。その後五年たって、十二回大会を迎えようとするいま、党勢力はさらに大きく前進し、選挙の得票は躍進したのに、労働組合運動の分野で依然として党は立ちおくれており、事態の根本的な変化の方向がつくり出されていないことは看過することができません。党の立ちおくれの要因となっているわが党の弱点や欠陥は大きく克服されたのか、されなかったのか、されなかったとすればそれは何故かなど、わが党の党活動の全面的点検のなかで問題を明らかにしなければならないというのが、私の意見であります。これこそ、民主連合政府綱領を提案する十二回大会のいま一つのもっとも重要な任務ではないでしょうか。(続く)