1. 国旗・国歌の法制化は必ずしも世界の常識とはいえない
まず月刊誌『論座』アンケートからの引用をします。
第二に、さらに重大なことは、「君が代」「日の丸」が、何の法的根拠もなしに、「社会的慣習」を理由に、一方的に国歌・国旗として扱われていることです。これは、世界でも異常なことで、サミット参加国をみても、成文憲法をもたないイギリスは例外ですが、他のどの国も、憲法や法律で根拠を定めています。(「アンケートへの回答」より)
次に、世界の実状に関して報じた朝日新聞(1999年6月27日「国旗・国歌法案Q&A」)を引用します。
Q 外国もみんな国旗や国歌を法律で決めているの。 A 必ずしもそうではない。米国は両方とも国旗法で定めているけど、そういう国は少数派だ。ドイツやイタリアは国旗は憲法で定めているが、国歌は閣議決定など、国旗よりゆるやかな決め方だ。韓国も国旗は大統領令で決めているけど、国歌はなく、代わりに愛国歌が歌われている。国旗を王室が宣告で決めた英国も、国歌は慣習だよ。
また、このことに関する「しんぶん赤旗」(1999年3月23日)の記事を要約します。
アメリカ | 国旗…憲法 | 国歌…憲法 |
ドイツ | 国旗…憲法 | 国歌…「大統領と首相の書簡についての公報」(東西統一後の91年11月19日) |
カナダ | 国旗…上下両院の決議を受けて英女王(国家元首)の布告 | 国歌…法律 |
イタリア | 国旗…憲法 | 国歌…内閣布告 |
イギリス | 国旗…王室布告 | 国歌…慣習(決まった歌詞はない) |
フランス | 国旗…憲法 | 国歌…憲法 |
国旗はサミット参加国(なぜサミット参加国に限るのかは疑問ですが)では憲法や法律で根拠を定めていますが、国歌に関しては憲法や法律で根拠を定めているのはアメリカ、カナダ、フランスの3か国です。また、朝日新聞によれば韓国では大統領令という法律の下位の「定め」に根拠を持っています。法制化されていないことが「世界でも異常なこと」「サミット参加国をみても、成文憲法をもたないイギリスは例外ですが、他のどの国も、憲法や法律で根拠を定めています」と言い切るのはちょっといき過ぎではないでしょうか。
世界の国々にはそれぞれの歴史がありますから、どの国も同じようにすることが必要だということが妥当かどうか疑問が残ります。日本共産党が「法律によってその根拠を定める措置をとることが、最小限必要」と判断した事実に誤認はないのでしょうか。
少なくとも、国歌については、自民党などがその法制化を主張したときに、「法律でその根拠を制定することが世界的に見ても必ずしも一般的とはいえない」という事実が、むしろ、法制化反対の論拠となりうるものでした。
2. 法制化の要求は何をもたらすか
国歌・国旗の問題を民主的な軌道にのせて解決するためには、国民的な合意のないまま、政府が一方的に上から社会に押しつけるという現状を打開し、法律によってその根拠を定める措置をとることが、最小限必要なことです。そのさい、ただ国会の多数決にゆだねるということではなく、この問題についての国民的な合意を求めての、十分な国民的な討議が保障されなければなりません。(「アンケートへの回答」より)
日本共産党が「君が代・日の丸」について「法律によってその根拠を定める措置をとること」すなわち法制化を主張したことは間違いのない事実です。ただし、ここでは「ただ国会の多数決にゆだねるということではなく、この問題についての国民的な合意を求めての、十分な国民的な討議が保障されなければなりません」という留保がついています。しかし、法律は憲法上の定めにより国会だけが制定することができるのであり、その議決が多数決によって決まることは誰も否定できないことです。
現在の国会がどんなものであるか、「国民的合意のための十分な討議が保障される」ところであるかを考えるにあたって、現職の国会議員の意見を以下に引用します。誰の文章かはあとで書きます。
自民党政府にとっては、法案を国会にかけるのは、はっきりいって、多数決による可決という憲法上必要な手続きをとりつけるだけのためであって、法案の内容を審議するためのものではありません。(中略)いまの国会は、政府が自分の意志のままに、法律を施行し、執行するための手続き機関の立場におしとめられている。(1970年7月22日・注①)
議会という活動の舞台は、わが党と統一戦線勢力がそのなかで安定した多数を占めるまでは、綱領が規定しているように、「反動支配の道具」という基本的な性格をもっています。(1970年8月26日・注②)
この引用はいずれも1970年当時のものです。当時、自民党は衆議院で486議席中300を越える議席を占めていました。共産党の14議席でした。現在では、自民党の議席は大幅に減り、共産党の議席は26議席ですからほぼ倍増しています。しかし、小渕内閣が戦後最悪といってもいいほどの反動的法案、ガイドライン法などをつぎつぎと成立させ、引き続き成立を期しています。こうしてみると、国会は本質的には当時と変わっていないといえるでしょうし、国会が「反動支配の機関」(現在の綱領)であることに変わりはないでしょう。
このような国会で果たして「国民的合意のための十分な討議が保障される」と考えたとしたら、もっといえば、このような支配の仕組みの中で真に国民の民主的な討論ができると考えたとしたら、それは綱領路線からの逸脱といわなければなりません。
『さざ波通信』の投稿にもあったように、「法制化されていないこと」が日の丸・君が代に反対する人の武器であったことを、法制化を主張した人たちがもし理解していないとしたら驚くべきことです。法制化を主張した人たちは、この人々から闘いの武器を取り上げることに結果的に手を貸したことになることを肝に銘ずべきです。
上記の引用は、他ならぬ不破哲三日本共産党幹部会委員長の著作からです。
(引用文は注①は「第11回党大会と70年代の展望」、注②は「自治体活動と人民的議会主義」いずれも不破哲三氏の著作『人民的議会主義』新日本新書版より)
3. 法制化を認めることは共産党の政策上の変更であった
日本共産党の君が代・日の丸の法制化に対する態度は、「反対」というのが常識的な理解でした。また、実際、CHAさんの『さざ波通信』への投稿(1999/6/12)が、これを文献的にも証明しています。さらに同じくCHAさんの投稿(1999/6/18)の仲俣義孝著『日の丸・君が代と学校教育』でも、法制化されていないことが日の丸・君が代に反対する有力な根拠とされていることがわかります。従って、今回の法制化の要求または承認は党の政策的な重大な変更であったことは明らかです。
このような重大な変更が、党の正規の機関で決定されたかどうかは分かりませんが、四中総では事後報告が行われているだけで、幹部会や常任幹部会で決定された形跡はないし、少なくとも一般党員を含めた討論は行われていないし、幹部会、中央委員会での機関における討論なども行われたような形跡はありません。
このようなやり方は、「民主集中制というのは、ことを決めるまではおおいに民主的に討論する、決めたことは全体がしたがってやるという方針ですから、そういう意味で私ども政党としてはあたりまえの原則だといっているんです」(1998年10月22日「しんぶん赤旗」CS放送インタビュー記事より)という不破委員長の述べるところと一致しているでしょうか。「ことを決めるまではおおいに民主的に討論する」というところがまったく欠落していないでしょうか。
民主集中制に関する論議をここでするつもりはありませんが、党規約に定められている民主集中制についても守られていないのでは、という疑問をもつ私が間違っているのでしょうか。
ともあれ、法案が国会に上程されました。共産党と社民党だけでは足りません。国会外の民衆の反対運動を組織して、これと結びつけて断固として廃案にするまで闘わなければなりません。盗聴法についても同様です。