この「雑録」は、日本共産党とその周辺をめぐる動きの中で、短くても論評しておくべきものを取り上げて、批判的に検討するコーナーです。
能登半島沖で発見され逃走したとされる二隻のいわゆる「不審船」に対し、海上保安庁の追跡に続いて、初めて海上警備行動が発動され、海上自衛隊の護衛艦「みょうこう」と「はるな」、および哨戒機P3Cが、数十回にわたり、合計1000発以上(海上保安庁の分を含む)もの警告射撃を行なった。報道によれば、結局、この不審船はそのまま北西方向に逃亡し、24日未明、防空識別圏外を越えたとして、海上自衛隊も追跡をあきらめた。これは、自衛隊史上、初めての実践的な軍事行動であり、歴史的な大事件である。
この事件はさっそく、マスコミや政府、右派言論によって大々的に利用されている。『さざ波通信』への「投稿」の中に「陰謀」を示唆するものもあったが、本当に「陰謀」かどうかは別にして、この事件が支配層にとって実に絶好のタイミングで起こったことは間違いない。
さっそく野呂田防衛庁長官は24日午前の記者会見で、「十分に武器の使用ができないという法律上の制約があり、不審船に逃走を許した」「国民や国会の納得を得て、何かする必要があるのかなと痛切に感じた」と発言している。また、山崎拓・衆院ガイドライン特別委員会委員長は、「やはり新ガイドライン関連法の成立を急ぐ必要がある」と発言し、また他の議員も「いちいち国会の承認をとっていたら対応できなくなるいい事例だ」と発言している。
また、現在、新たな防衛二法改正案が準備されているが、その改正案の中には、今回の事態をあらかじめ予測していたかのように、外国の武装船舶が領海を侵犯した場合に自衛隊が実力を行使できるよう定めている(以上、3月24、25日付『朝日』より)。
さらにまた、26日の衆院ガイドライン特別委員会において、小渕首相は、有事法制について前向きの姿勢を見せ、これまでの「研究」と言う立場を踏み越えて、実際に「法制化」することを匂わせている。さらに、海上警備行動についても、閣議決定を経なくても発動できる方向が云々されている(以上、3月27日付『毎日』より)。
マスコミは、日本における法律の不備が今回の失態をもたらしたと大々的に宣伝し、政府の後押しをしている。テポドン騒動に続いて、再び大々的な危機意識があおられ、日本を「普通の国家」にする動きに拍車がかけられている。
以上のような動き対し、護憲・革新政党は何よりも最大限の警戒を国民に呼びかける必要があるはずである。だが、共産党は、何とも腰砕けの声明を出すに終わった。まず、24日の志位談話において、「海上保安庁が、領海内の不審船舶に対して必要な措置をとることは、当然ありうることである。しかし、自衛隊法82条による海上警備行動の発動という今回の措置が妥当なものであったかどうかは、事態の全容を明らかにしたうえで、究明する必要がある」(3月25日付『しんぶん赤旗』)と述べるにとどまった。翌日の不破談話は、もう少し批判的ニュアンスを匂わせていたが、しかしあいかわらず「全容の究明をしてから」という議論に終始している。
これは、社会民主党が「不審船から発砲してくるなど武力行使があったわけではなく、自衛隊法82条の適用にはあたらないと考えられる」と批判したのにも比べても、まったく及び腰の態度である。
この「腰抜け」ぶりは、ほぼ同じ時に行なわれたNATO軍によるユーゴ爆撃に対する志位談話と比べてもきわだっている。志位談話は、ユーゴ空爆に対し、「道理がない」ことを指摘し「日本共産党は、NATO軍による空爆をきびしく批判するとともに、その即時中止を求める」と述べている。ところが、不審船への警告射撃に対しては、「全容の究明」を言うだけである。
もちろん全容を究明することは必要だが、しかし、現在の時点ですでにきっぱりと言えるし、護憲・革新政党として言わなければならないことがあるはずである。海上自衛隊による警告射撃は、誰がどう見ても、憲法9条が禁止する「武力による威嚇」であり、ほとんど「武力の行使」である。もちろん、海上自衛隊の存在そのものが憲法違反なのだが、それに加えて今回の行動は、「武力による威嚇」をやったということであり、これは明白な違憲行為である。
さらに、自衛隊法82条に照らしてさえ、今回の海上警備行動は逸脱している。防衛庁は自衛隊法82条を発動する用件について、1981年4月17日の参院安全保障特別委員会において次の三点を指摘していた。
①「有事が近くなり」、海上における不審船舶によって「海上交通が著しく阻害されるような場合」、②「海賊的な行為」の頻発で、「国民の生命、財産を守る必要があるとき」、③「海上保安庁の手におえなくなるような事態」(以上、3月25日付『しんぶん赤旗』)。
今回の事件は、このいずれにも該当しない。「有事が近く」なってもいないし、「海上交通が著しく阻害」されたわけでもない。「海賊的な行為」は頻発していないし、「国民の生命、財産」が危険にさらされていたわけでもない。また、不審船は、海上保安庁の船に追いかけられて逃げたのだから、海上保安庁の手に負えなくなる事態にもなっていない。自衛隊法自身が憲法違反の産物であるが、彼ら自身が決めたこの法律の発動要件によってさえ、今回の海上警備行動は正当化されないのである。
1985年にも同じような不審船の追跡事件が起こったが、このときは自衛隊は出動しなかった。もしそのとき自衛隊が出動していて、今回のようなことをしたとしたら、共産党は『赤旗』一面を使って、自衛隊の行動を糾弾しただろう。だが、今や不破指導部のもとですっかり右傾化した共産党は、今回の政府の行動に対しいかなる糾弾声明も出さず、あるいは、今回の事態を利用した「法整備」の合唱に対してもきっぱりと反対することができない。何というていたらくだろうか!
われわれは、日本共産党指導部が、党の名において、今回の海上警備行動を、憲法に違反するものとしてきっぱりと糾弾し、今回の事件を利用した法整備策動に断固として反対し、危機意識に乗せられないよう国民に対し大々的な警告を発するよう強く求めるものである。