インタビュアー あれほど鳴り物入りで宣伝された不破政権構想(政権論と言うべきだそうですが)ですが、上に紹介した過程を経て、今では党の会議でも幹部の講演でも、また『しんぶん赤旗』の紙面でも、あまり聞かれなくなりました。8月下旬ごろに突如として提起されて約半年が経つわけですが、今から振り返ってみて、どうでしょう。
H・T 実際には半年どころか、不破委員長があの政権論を打ち上げてから2、3ヵ月ですでにその破綻は明白になったと言うべきでしょうね。3中総などでは、この政権論を掲げて次の総選挙を闘うとまで言われていましたが、そのようなことがもはやまったく不可能なのは誰の目にも明らかです。中央委員会総会で大々的に確認された方針がこれほど短期間に破綻したという事実に、すべての党員は率直に目を向けるべきです。
インタビュアー なぜ破綻したんでしょうか。
H・T 理由は簡単です。不破委員長の政権論によれば、その展望する暫定政権は部分的であれ自民党政治の枠組みを進歩的な方向で突き崩すものでなければなりませんが、現在のところ、実際に政権を狙える力量を持ち、かつ、自民党の枠組みを進歩的な方向で突き崩すような政策ないし綱領を持った政党など、存在しないからです。
不破氏がこの暫定政権論を打ち上げたとき、おそらく念頭にあったのは民主党と自由党です。この両政党を欠いては、明らかに自民党に代わって政権を作れるような議席数には到達しません。しかし、この2つの政党はいったいどういう政党でしょうか?
まず、どちらも新自由主義的な政策を掲げ、いっそうの民営化や規制緩和、市場化などをめざしています。こうした新自由主義政策が、共産党の掲げる政策と真っ向から対立しているのは明らかです。共産党は、とりあえずは資本主義の枠内での民主主義的改革という路線を打ち出していますが(この路線の当否についてはまた別の機会に論じます)、その方向性は少なくとも、公的部門の役割を引き下げるのではなく逆に引き上げ、規制緩和するのではなく市場や企業行動の野放図な展開にいっそう強力な規制をかけることをめざしています。こうした政策的方向性は基本的に正しいものと私たちは考えていますが、これは明らかに、民主党や自由党の政策とは対立します。
不破委員長は、安保や天皇という大問題に関して共産党の側がその政策を棚上げしさえすれば(それ自体、後で述べるように大きな誤りですが)、暫定政権を作れると考えているようですが、それは明らかに幻想です。当面する政策においてすら、共産党とそれ以外の主要な議会内政党とは一致していないのです。
このことを端的に示しているのが、98年8月25日付『しんぶん赤旗』での例の不破インタビューです。その中で、不破委員長は、暫定政権における基本政策についてインタビュアーから執拗に問いただされましたが、その基本政策について結局何も答えることができませんでした。それもそのはずで、自民党の枠を進歩的な方向で突破するような政策など、民主党も自由党も持っていないのです。
たとえば、共産党が現在、いちばん大衆に人気のある政策として掲げている消費税減税について見てみましょう。民主党は、先の参院選において、はっきりと消費税の減税に反対しました。今後ますます深刻化する高齢化社会を迎えて、福祉財源を確保するためには、消費税を減税することはできない、というのが民主党の立場です。そして、この福祉財源にあてるという発想からは当然、今後、減税どころか消費税の増税も念頭に置かれているのは明らかです。
インタビュアー でも自由党は消費税減税を公約に掲げていましたよね。
H・T たしかにその通りです。しかし、この自由党の公約が、選挙民をだます空手形であるのは、その時からすでにはっきりしていました。有権者の多くもそのことを見抜いていました。ですから自由党は、先の参院選でほとんど前進しなかったのです。
そもそも、党首の小沢一郎自身が、その著書『日本改造計画』の中で、消費税をいずれ10%にするという計画を公然と掲げていますし、選挙公約においても、恒久的な消費税減税という立場ではなく、あくまでも景気回復策としての一時的引き下げ論であり、ゆくゆくは福祉目的税化するというものでした。
インタビュアー たしかに、自自連立政府が成立する過程で、いつのまにか消費税減税はなくなって、福祉目的税化するということだけが残りましたね。
H・T そうです。そのような結果になるのは、はじめから明らかでした。要するに、民主党も自由党も、新自由主義政策を掲げ、それをめざしているという点で、根本的に共産党の政策、あるいは共産党が依拠している階層の利害と一致していないのです。不破委員長はしきりに「野党の成熟」をうんぬんしていますが、民主党や自由党のような新自由主義政党が「成熟」すればするほど、ますます、共産党の政策的方向性との対立性を深めるのです。
インタビュアー なぜ不破委員長は、野党の「成熟」というのが共産党と同じ方向でしかありえないと考えているのでしょうか?
H・T それは、「国民」というものがあたかも一枚岩的な利益を持った集団であるかのように考えているからです。国民内部の階層分化と、階層的利害の対立というものをまったく考えていないからです。ですから、自民党が「国民」との矛盾を広げているから、野党は「国民」の支持を獲得するためには、われわれ共産党と同じ方向を目指さなければならなくなると思っているわけです。しかし、国民の中の別の階層に依拠している政党は、共産党の目から見れば反国民的に見える政策も、国民のある階層の利益を擁護するものなのです。
インタビュアー 私が先に紹介した不破委員長の発言では「反自民」に向けた野党の成熟という言い方もされていますね。
H・T まさに問題はそこです。「反自民」と言っても、まったく別方向に向けた「反自民」があるわけです。自民党のような生ぬるい保護政策はきっぱりやめようとか、中途半端な平和主義はやめてもっと能動的な帝国主義で行こうとか、あるわけです。この問題については、後でもう一度触れます。
さて、もう一つ重要なのは、今後の安保政策をどうしようとしているか、に関する両党の立場です。この点では、民主党よりも自由党の方がはっきりしていますが、要するに、安保体制を単に堅持するだけでなく、それを現在の「国際社会」(すなわちアメリカ政府とその同盟者)が求める方向で改悪しようという立場に立っていることです。
インタビュアー 民主党もですか?
H・T そうです。もちろん、多国籍軍参加などといったきわめて物騒な政策をはっきりと持っているのは今のところ自由党だけですが、民主党も基本的には、現在の安保体制を支持しており、その上に立って、今後の安保政策を組み立てざるをえないのです。
たしかに、先の参院選の選挙公約を見ても、安保についてはほとんど触れられておらず、安保維持について言われているだけです。しかし、安保体制を支持し、それを容認するかぎりにおいて、その体制が求める諸政策に追随することになるのは明白です。今回の新ガイドラインの立法化についても、民主党は野党第一党として、国会の事後承認など、あれこれと注文はつけるでしょうが、新ガイドラインそのものに反対するという立場ではありません。
この点で不破政権論が根本的に誤っているのは、安保堅持という立場と、今後の安保改悪政策とを、機械的に分離できるかのように考えていることです。
インタビュアー 不破委員長は、既存の議会内政党がすべて安保堅持党であることは認めていますよね。
H・T そうです。だからこそ、共産党の安保政策を一方的に棚上げして、暫定政権を作ろうという提案にもなっているわけです。しかしながら、基本的に米軍に基地を貸すことが主目的であった大昔ならいざ知らず、日本が現在のように経済大国となり、主要な大企業が多国籍化しているといった状況の中で、安保を堅持する立場というのが基本的に、アメリカの求める安保の世界大的展開に加担するという立場になるのは避けがたいことなのです。このことは別に私が新しく言ったことでも何でもなくて、共産党自身がかつては、安保堅持という立場の持つ内的論理を正しく理解し、そのように言ってきたのです。
インタビュアー つまり、新自由主義政策と安保政策の両面において、共産党は民主党や自由党と根本的に対立しており、したがって、暫定政権は不可能だ、非現実的だ、ということですね。
H・T そうです。まったく非現実的です。
インタビュアー 社民党と公明党はどうでしょう。
H・T 社民党も公明党も、民主党や自由党に比べれば、都市および農村の庶民階層や貧しい階層、すなわち、新自由主義政策によって不利益をこうむり、相対的に平和主義的な階層に依拠している度合いの強い政党です。また社民党の場合は組織労働者にも一定依拠しているし、戦後革新の伝統をなお一定保持しています。したがって、民主党や自由党に比べれば、よりましなものとして機能するでしょう。
しかしながら、両政党とも、安保体制を容認しており、現在の主要な流れ(新自由主義+日本の帝国主義化政策)に徹底して抗するという姿勢はまったく持っていません。参院選後の国会での両党の行動から考えれば、最終的には大勢に追随する可能性があります。とくに公明党はそうです。
インタビュアー 社民党は新ガイドラインの立法化には反対しているようですが。
H・T ええ、たしかにそうです。もちろん、新ガイドラインの立法化反対という一致点で社民党と共闘するのはきわめて重要であり、最近の動きを見るかぎりでは、共産党の指導部もそれを目指してるようです。しかし、社民党は安保そのものを容認しており、労基法改悪にも最終的に賛成したわけですから、信用することはあまりできません。「周辺」概念の限定と、非常時に自衛隊が米軍と行動する際には国会の事前承認が必要、という妥協点で賛成に回る危険性もまだ強く存在します。
しかし、いずれにしても、社民党は共産党より少数の政党ですから、こことだけ組んで暫定政権というのはありえない話です。つまり、結局、政権を狙える力量があり、かつ、自民党政治の枠を進歩的方向で突破しうる政策を持った政党は、一つも存在しないということです。
インタビュアー だから、不破委員長の政権構想は数ヵ月であっさりと破綻したということですね。
H・T そうです。
インタビュアー では、もう共産党指導部がこの政権論を振り回さなくなったから問題はなくなったということでしょうか。この政権構想に批判的な党員の中に、そのように考えている向きもあるようですが。
H・T そのような考えは非常に危険だし、甘いと思います。この政権論は非常に重大な徴候なのであって、今後、実際に、政権に参画できる可能性が芽生えたときには、この水準から出発することになるでしょう。
インタビュアー といいますと。
H・T 今回、不破政権構想が出されたとき、あまり表ざたにはならなかったとはいえ、党内ではやはりかなりの疑問や異論が出されました。それに対して党指導部はかなりの時間と紙面と労力を費やして説得にあたりました。しかしながら、これが今ではすでに既定路線になっているわけですから、今度、再び政権参画の可能性が生じたときには、共産党の側の安保棚上げは当然であるという認識(党自身も、マスコミも)から党指導部の方針は出発することになるでしょう。
インタビュアー 今回の政権構想が出されたときには、これまでの立場と何ら変わっていないという説明がずいぶんなされましたが、今後は、そのような説明すら必要でなくなるということですね。
H・T そういうことです。したがって、その水準から出発するなら、今度は、そこからさらに右寄りに方針を修正した形で政権参加をめざすかもしれません。その可能性はきわめて大きいと言うべきでしょう。社会党だって最初から細川内閣や村山内閣のときのようなひどい水準にあったのではなく、しだいにそうなっていたのです。不破委員長のインタビューや3中総での志位報告は、細川・村山両政権での社会党の立場と現在のわが党の立場には雲泥の差があると胸を張っていますが、それは単に社会党の右転落の最終局面と比べているから、そうなるだけです。