インタビュアー では、そのような対抗戦略が発展していって、実際に根本的な社会変革にまでいたった場合の展望についてお願いします。
H・T この問題は、共産党の綱領問題に深くかかわるし、革命論として独自に考察するべき対象なので、ここでは簡単にのみ触れさせていただきます。
まず、日本の現状が「制約された従属帝国主義」だとすれば、そして、その「従属」が第三世界型ではなく、かつ経済的にも相互依存関係だとすれば、民族独立というブルジョア民主主義的課題を持った民主主義革命という独自の段階を想定することにリアリティーがあるかどうか疑問です。綱領的に設定する革命としては社会主義革命だけでいいのではないか、その革命の過程(あるいはそれに至る過渡的改革の過程)で、対米従属も一掃されると考える方が現実的ではないかという気がします。
インタビュアー その場合、共産党が、日常的にもただちに社会主義革命を目標として掲げるべきだ、ということでしょうか?
H・T いえ、そうではありません。それは非現実的です。「制約された従属帝国主義」としての現状と、目標としての社会主義革命との間には、平和・民主主義・生活全般にわたる広範で大衆的な諸闘争という広大な過渡的領域が横たわっています。現状と目標とを媒介するためには、抽象的に社会主義革命を現状に対置するだけでは不十分です。すでに述べたように、現代の資本主義が遂行しつつある諸政策・諸改革(帝国主義的で新自由主義的なそれ)と対峙し、それと粘り強く広範囲に闘争する中で、はじめて社会主義革命への展望が切り開かれます。したがって、私が言いたかったのは、独自の段階としての「民主主義革命」を想定することにリアリティーがあるかどうか疑問だということです。
インタビュアー 理論的にはわかりますが、しかし、社会主義に対する非常に強い反発がある現状においては、民主主義革命の段階を置くことで、その反発を緩和するというイデオロギー的効果があるようにも思えますが。
H・T 言いたいことはわかります。しかし、その問題は、逆に、社会主義の民主主義的本質あるいは民主主義的魅力をいかに豊かにしていくべきか、という課題として考えるべきではないかと思います。あたかも社会主義革命が民主主義革命と異なるものであるかのように言い、あたかも社会主義に向かわなくても民主主義を実現できるかのように言うことで、社会主義への道を遠ざけることになっているのではないでしょうか?
またこの問題は、社会主義や共産主義を掲げる党派自身の民主主義的魅力、民主主義的内実をいかに豊かにしてくべきかという問題と不可分です。それは、党内における異論の扱い、党内討論の実質、幹部の選出方法やその適時の交替、過去や現在における自らの誤りへの態度、他党派に対する態度、個々の党員の自主性と人間性、党内における女性の地位、民族的ないし性的少数派に対する態度、等々がすべて問われてくるはずです。それらの点において、共産党が、現在の資本主義社会の到達点よりも高い民主主義的到達点を築いているのなら、社会主義が一部徒党の独裁に転化したり、市民的自由や基本的人権が抑圧されたりするのではないか、という民衆の不安を、実際の姿によって反駁することができるはずです。
以上のような根本的な課題を避けて、民衆の側のあるがままの意識(社会主義への反発)に一方的に適応しようとするかぎり、「資本主義の枠内での改良」や、社会主義には(すぐには)行きませんということばかり言い訳がましく強調することになり、それがかえって社会主義への不信を助長させ(「共産党がそんなに言い訳がましく言うぐらいなのだから、やっぱり社会主義はあまりいいものではないのだろう」)、なおさら共産党が社会主義の課題を遠ざけるという悪循環に陥ることになります。
インタビュアー なるほど。では、「対米従属の克服」という課題が民主主義革命と結びつかないのだとすれば、それはどういうふうに日本革命の中に位置づけられるのでしょうか?
H・T まず、日常的な闘争においては、「対米従属」の側面が日本の帝国主義化を促し強化していること、逆に日本の帝国主義化がアメリカの世界戦略を積極的に支え、その侵略行動を助長させていること、こうした相互前提関係を明らかにし、それらと積極的に闘うことです。
そして、「対米従属」の側面の克服という課題を、民族独立というナショナリスティックな課題に収斂させるのではなく、むしろ、日本革命の最終的勝利がアメリカ革命に依存しているという意味で国際革命的な展望に止揚させるべきであると私は考えます。いわゆる「自立した日本帝国主義」という現状規定においては、革命の展望は一国主義的になりがちです。新左翼諸党派の多くは、その見かけの急進主義にもかかわらず、革命の展望はきわめて一国主義的であり、一国革命と世界革命との結びつきは抽象的です。
むしろ日本の対米従属という側面をてこに、日本革命の展望を積極的に国際革命の展望に結合させるべきであると考えます。
インタビュアー もう少しそのへんを具体的に言うとどうなりますか?
H・T たとえば、日米安保条約は、規定により、どちらか一方の締結国が廃棄を通告すれば、1年以内に自動的に条約は解消されます。したがって、安保条約の廃棄は、形式的には簡単です。しかしながら、実質的には、安保条約の廃棄を妨害するありとあらゆる圧力や脅しや制裁がアメリカ帝国主義の側からなされるでしょう。それは、不破委員長がよく言う「通告すればよい」という水準とはおよそ異質な、死に物狂いの政治的攻防となるでしょう。
さらに、条約そのものですらそうですから、日本に100以上ある米軍基地となるとなおさらです。日本の革命政府が安保条約の廃棄を通告したからといって、アジア・太平洋地域においてアメリカ帝国主義の死活にかかわる戦略的拠点である日本の米軍基地を、アメリカがやすやすと明け渡すでしょうか? 米軍がもし開き直って居座った場合、それを実力で排除することが日本の政府に可能でしょうか? おそらく不可能でしょうし、それはあまりにも危険な軍事的冒険になるでしょう。今なお革命キューバに米軍基地が居座っているように、米軍は日本に居座りつづけるでしょう。つまりは、米軍基地の撤去という、日本革命の基本的課題すら、結局は、アメリカ革命なしには、あるいは、アメリカに基地撤去を余儀なくさせるような巨大な国際的世論と運動の動員なしには、実現不可能なのです。これが、日本の軍事的・政治的対米従属がもたらしている現実なのです。
インタビュアー なるほど。日本革命の展望については、綱領問題との絡みでより慎重な検討が必要だと思われますので、これについてはまた別の機会にお願いしたいと思います。今日はどうもありがとうございました。