この「雑録」は、日本共産党とその周辺をめぐる動きの中で、短くても論評しておくべきものを取り上げて、批判的に検討するコーナーです。
「インターネットが共産党を滅ぼす」――産経新聞社『正論』2001年1月号に掲載された大阪経済大学助教授の黒坂真氏による論文のタイトルである。この論文では冒頭からそれなりのスペースを割いて、『さざ波通信』の「開設にあたって」といくつかの投稿を引用している。論文の目的は我々とは逆方向であるが、『さざ波通信』の紹介の仕方としては妥当なものであり、大部数の雑誌でとりあげられたのは初めてのことである。
また、『さざ波通信』の紹介とともに『しんぶん赤旗』10月20日付の記事の引用でもって党指導部の対応も紹介し、それを「党員への『言論統制』そのもの」だと断じている。これは言われている通りであるが、論文の最後には、朝鮮労働党の「殺人体質」「テロ体質」を「不破哲三氏と『さざ波通信』は直視すべきだ」として、われわれもまた不破氏とともに批判されている。支配イデオロギーからみれば、指導部を左から批判するわれわれは、指導部もろとも粉砕すべき対象なのであろう。ここには反共雑誌の面目躍如たるものが感じとれる。
黒坂氏は、『さざ波通信』と党指導部の対応について紹介したあとで、この「時代錯誤的、非民主的体質をいまだに保持している」理由として、直接的には(1)党史の隠蔽、(2)「民主集中制」をあげ、その背景にスターリン主義、革命理論・革命幻想があると述べ、党指導部と『さざ波通信』批判へと筆を進めている。
この論文は、日本共産党や『さざ波通信』に対して「革命理論」「革命幻想」を捨てよと忠告してみせるのだが、奇妙なことに、その「革命理論」なるものは日本共産党の綱領や論文ではなくスターリンの著作から引用している。また、唯一日本共産党の幹部の著作として引用しているのも、59年の宮本顕治氏のものであり、黒坂氏にとっての歴史は50年代で止まっているようだ。組織原則を別にすれば、日本共産党の今日の路線が、スターリンの理論に直接依拠したものでないことはいまさら言うまでもない。
党史の「隠蔽」として主張していることも正しくない。綱領確定以前に宮本顕治氏らがソ連・北朝鮮を美化していた事実と在日朝鮮人の帰国事業への党の協力とを党の歴史における史実の隠蔽としてあげている。確かに、日本共産党の公式の党史である『日本共産党の七十年』にはそのような事実も、またそれが誤りであったとも書かれていない。しかし、黒坂氏が引用している宮本顕治氏の個人論文のみならず、党大会決定としてその史実は残されている。
第8回党大会の政治報告には、現時点からみてソ連や北朝鮮の美化とも言いうる記述があるし、在日朝鮮人の帰国運動についても「わが党の当面の要求」として次のように明記している。
在日朝鮮人の外国人としての当然の権利の獲得、その就職、教育、生活への圧迫に反対する闘争、長期にわたる帰国運動を支持してたたかう。(『前衛』日本共産党第八回大会特集、43ページ)
しかしその後の日本共産党の歴史は、ソ連・北朝鮮などの「社会主義国」についてより実態に即した見解を発展させてきたことを示している。とくに、黒坂氏がとりあげている北朝鮮については、金日成の独裁色が濃厚になってきた68年には、朝鮮労働党の「武力南進」政策を批判、その後批判的立場を取るようになる(ただし、そこから実際に批判的姿勢を強め党としての関係を断絶するのは80年代になってからであるが)。83年にはラングーン事件で、84年には日本漁船銃撃事件で、87年には大韓航空機爆破事件で、いずれにおいても日本共産党は北朝鮮の蛮行を厳しく批判してきた。これが党史の真実である。30代後半以上の人なら、日本共産党が80年代以降もなお朝鮮労働党を賛美しているなどと言うことを信じる者はいないだろう。黒坂氏は『さざ波通信』にアクセスする20代の若い党員がこうした基本的事実を「知らない」と見込んで、われわれや不破氏に対して、日本共産党が朝鮮労働党を「平和勢力」だとみなしているという荒唐無稽な非難をあびせているのである。
北朝鮮の過去のテロ行為は、日本における社会主義運動に否定的影響をもたらすと同時に、日米支配層が安保体制と自衛隊の維持・強化の理由として利用してきた。黒坂氏もまた、論文中、北朝鮮に対する憎悪をむきだしにしている。たとえば、「先の首脳会談も、『南朝鮮革命』のために有利と判断したから、金正日は応じただけである」として、今日の北朝鮮の対話路線がポーズにすぎず、本心は「金父子を賛美せざるを得ない体制」を朝鮮半島全域に広げることだと断じている。これも理解しがたい。黒坂氏は、「インターネットが共産党を滅ぼす」と主張しているのに、情報化の波が朝鮮労働党も直撃しているとは考えないのだろうか? 仮に黒坂氏が言うとおりだとしても、南北朝鮮半島の対話・交流の流れによって、今後、北朝鮮を例にとって日本共産党を批判することが難しくなるだろう。
最後に、黒坂氏はインターネットが日本共産党にもたらす影響について次のように述べている。
インターネットは破滅的な影響を日本共産党にもたらすであろう。共産党という組織は、党員同士が指導部の統制を離れて自由に議論し、自分の頭で世界を解釈し行動するようになるともたない。そこで不破氏らは言論統制強化を策しているわけだが、インターネットは不破氏らの狙いを粉砕するであろう。不破氏ら日本共産党指導部の権威は、インターネットを愛好する党員の中では既に地に落ちている。
ここには支配層の願望がよく示されている。第一に、われわれは極めて少数である。われわれの見解に近い読者を含めても、38万人という数からみればごくごく一握りである。それゆえ、インターネットが党指導部の統制に何らかの影響を与えることはあっても、粉砕することはありえない。第二に、党員同士が「自分の頭で世界を解釈し行動するようになる」と党は組織としては一変するだろうが、崩壊はありえないどころか、逆に党を強化するはずである。
日本共産党はインターネットによって滅びることはありえない。現在もっともありうる崩壊パターンは、80年代~90年代の日本社会党と同じものである。それは、おそらく黒坂氏を含めた支配イデオローグが望んでいるものであり、また現在の党指導部が、自己の主観的意図に反して押し進めている路線の帰結でもある。