雑録

 この「雑録」は、日本共産党とその周辺をめぐる動きの中で、短くても論評しておくべきものを取り上げて、批判的に検討するコーナーです。

<雑録>総選挙問題と共産党の選挙政策

 総選挙の投票日が近づきつつある。われわれはここで、選挙情勢について簡単に考察するとともに、共産党の選挙方針の問題点を指摘しておきたい。

   自民党と新民主党
 現在、主要な与党である自由民主党と主要な野党である新民主党とのあいだの違いは、かつてなく小さいものになっており、ほとんど政策的に区別のつかないものになっている。以前は、利益誘導と保守反動の側面が強かった旧来型の自民党と、よりはっきりとした新自由主義政策の実行を迫る有象無象の新自由主義政党(かつての新進党や旧民主党など)との対立という構図が存在したが、今では、自民党の内部で最も自覚的な新自由主義派である小泉純一郎が圧倒的な票差で連続して総裁となり、他方で、民主党は小沢一郎の自由党と合体することによってその保守的色彩がいちじるしく強まったことで、一気に両者の差が縮まった。
 主要な与党と主要な野党との間の差がほとんどなくなったことで、与党の勝利する可能性はいっそう強まった。民主党は、小沢の党と合体することで小選挙区候補者の統一ができるようになり、勝利の可能性が広がったと思っているようだが、それは一面的である。
 政治においては必ずしも、1+1は2ではない。うまく力の合力が形成される場合には、それは3にも4にもなるが、場合によってはその反対に1・8や1・5になる場合さえある。今回の合同劇によって民主党の独自性が失われ、かつての市民主義的・「進歩的」色彩が弱まって、はるかに保守反動色が強まった。なるほど、たしかに小沢の後ろ盾を得ることで、新民主党は財界の信頼を勝ち取り、政権担当能力への財界の不信をぬぐうことができたが、それと引き換えに、民主党はその独自の大衆的基盤を狭めることになったのである。
 もちろん、基礎票の計算はおおむね単純な足し算に依拠している。とりわけ小選挙区制では、票の合算の効果は大きく、直接的である。しかし、民主党も自由党も公明党や共産党のような強力な組織的基盤を持っているわけではないし、自由に別の候補者に投票させることができるほど有権者は組織追随的ではない。多くの有権者は候補者個人を支持している。むしろ、両党の候補者の統一作業によって、少なからぬ候補者が本来の地盤から切り離されて、まったく新しい地盤に移動することを余儀なくされた。これは、組織的基礎票がかなりの程度、個人的基礎票の集積である政党にとっては打撃である。
 政治的理念よりも利権によって結びつき、さまざまな潮流や色合いの集団を次々と飲み込んでもけっして腹を下さない与党の自民党と違い、明確な理念と統一した政策をもつ必要のある野党にあっては、安易な合同はその政治的輪郭を曖昧にし、権力に食い込むための切っ先を鈍らせるだけである。与党にあっては有利に働く「規模の経済学」が、野党にあってはしばしば政治的間接費の増大と混乱の原因になる。民主党と自由党の基礎票の合算による票の上積みが、市民派的志向をもった支持者や候補者個人への支持者の遊離による得票減をどれだけ上回るか、それはあらかじめ判定することはできない。
 他方で、民主党が小沢のおかげで保守票にいっそう食い込む可能性が広がったことも、たしかに事実である。鳩山由紀夫や管直人らに象徴される軟弱なイメージを払拭し、「強い日本をつくる」というメッセージを前面に押し出した新民主党は、二大保守政党の政権交代制を望む財界や主流マスコミの後押しもあって、保守無党派票や中道無党派票に食い込む可能性も生じている。
 いずれにせよ、どちらが勝利しようと、日本の労働者人民にとっては不幸な結果が訪れるだけである。どちらの基本政策も、新自由主義的改革と軍事大国化の路線に違いはない。そのスピードや範囲をどうするか、国連を隠れ蓑として用いるかどうか、といったまったく二次的な相違があるだけである。たとえばイラク派遣問題でも、新民主党は、国連のお墨付きがあれば自衛隊の派遣に賛成する立場である。もちろん、彼らが政権に就けば、アメリカの圧力に屈して、国連の関与なしに自衛隊を送ることを余儀なくされるだろう。われわれはどちらの党も労働者人民の最大の敵であることを理解しなければならない。

   共産党の選挙方針と基本政策
 日本共産党は、一方では大胆な綱領改定案の発表によって保守的・中道的世論への迎合を追求しているが、他方ではあいかわらずの小選挙区全区立候補方針をとっている。
 もちろん、たとえ泡沫候補であったとしても、対抗馬が与党と与党的野党の候補者である場合には、革新的オルタナティヴを有権者に示し、選挙を革新的世論の動員のための手段にすることは重要である。しかしながら、問題なのは、当選可能性のある革新的無党派候補者がいる場合でも、共産党は機械的に自党候補者(絶対に当選しえない泡沫候補)を出していることである(東京21区)。これは犯罪的に愚かしい行為である。われわれは、今からでもこの愚行をやめるよう要求する。
 本来ならば、共産党は、革新無党派候補者や新社会党などと事前に協議を行ない、与党勢力と与党的野党の2極に対抗する第3の革新・護憲の極づくりを自覚的に追求するべきであった。そして、この第3極に社会民主党をも徐々に巻き込み(現在、社民党は第3極を云々しているが、民主党への未練たっぷりであり、社民党中心の第3極はまったくの幻想である)、保守二大政党づくりの危険な策動に断固たる楔を打ち込むべきであった。だが共産党は、綱領をかぎりなく曖昧化させながら、選挙上のセクト主義をあいかわらず追求している。

 共産党が発表した総選挙に向けた基本政策(10月8日発表)についても簡単にコメントしておきたい。この基本政策は、綱領改定案の改定方向に基本的に沿ったものになっており、経済に関しては「大企業応援の政治から暮らし応援の政治への民主的改革」として総括され、政治外交に関しては「アメリカいいなりから抜け出し、憲法9条の立場を生かした本当の独立・平和の日本への改革」として総括されている。つまり、経済はもっぱら大企業支配に、政治はもっぱら対米従属に結びつけられているわけである(ただし、経済に関しては、アメリカいいなり論も持ち出されている)。
 そしてこの二分論の影で、国内の民主主義の問題は――憲法改悪問題をのぞいて――完全にないがしろにされている。この数年間、日本の軍事大国化、帝国主義化の一環として次々と民主主義を蹂躙する悪法が通されてきた。国旗国歌法、住民基本台帳法、盗聴法、海上保安庁法改悪、等々、等々。そしてきわめつけは有事立法である。しかし、これらの悪法の廃止や凍結といった主張はまったく出されていない。かろうじて、有事立法についてはその発動を許さないと書かれているだけである。これまでの選挙政策では、暮らしと経済問題、平和外交問題とならんで、常に自由と民主主義の問題が政策的柱になっていた。しかし、綱領改定案に無理やりそう形で基本政策を決めた結果、民主主義問題が欠落するという事態になっているのである。
 綱領改定案にそった基本政策の歪みという点では、ざっと見ただけでも他にも重大な問題がある。
 まず第1に、今回の基本政策の中に、この間日本経済の最も重大な問題となっている大企業の野放図な多国籍化、産業の空洞化の問題について何も書かれていないことである。基本政策は、大企業による「リストラによる雇用破壊」や「地域経済を見捨てる工場閉鎖」などが告発されているが、これらの問題の根幹にあるのは何よりも、下請け中小企業をも引き連れた大企業の怒涛の多国籍化であり、生産拠点の海外移転である。これこそが、雇用破壊と工場閉鎖の根源である。ところが、今回の基本政策は、この問題について一言も述べていない。このような奇妙な沈黙は、綱領改定案で、多国籍的海外進出への反対を取り下げ、この進出それ自体は問題ではないという立場に転換したことと深く関連している。しかし、この怒涛の海外移転を規制しないかぎり、国内でのどんな規制も無力なままであろう。
 第2に、同じ関連で、現在、世界中で急速に進んでいるグローバリゼーションの問題についても基本政策では何も語られていない。世界社会フォーラムや世界各地での反グローバリズムの運動についても何も述べられていない。その反対に、帝国主義諸国の国際的経済会議であるエビアン・サミットの経済宣言については高く評価され、世界の「新しい流れ」として賞賛されている。まったく、世界中の左翼運動の新しい流れに真っ向から対立する立場を表明しているわけである。これもまた、今回の綱領改定案およびそれに関する不破報告におけるグローバリズム観の反映であろう。
 第3に、綱領改定案で労働者の賃金要求などのきめ細かい諸要求が削除されたことと関連して、今回の基本政策においても、労働者の賃金問題はまったく取り上げられておらず、この間ますます増大しているパート労働者の問題もごく簡単にしか触れられていない。
 まず賃金問題に関しては、全国最低賃金制の確立が急務であり、雇用破壊とならんで賃金破壊が大規模に進んでいる今日、最低賃金の底上げを法律によってやらないかぎり、正社員のリストラと非正規雇用労働者への置き換えという大問題はけっして解決されない。正社員が非正規労働者に置き換えられるのは、あまりにも非正規雇用労働者の地位が低く、その賃金がおおむね最低賃金ラインで決定されているからである。そこのところを解決しないかぎり、雇用破壊にストップをかけることもできないし、若者の生活と雇用を守ることもできない(若者の多くがパート・派遣などの非正規雇用である)。ところが、何ゆえか、この全国最低賃金制の問題は基本政策で完全に無視されている。野放図な生産の海外移転を規制する問題とあわせて、この問題は、雇用と生活を守る政策の要となるべきものであるが、今回の基本政策ではどちらも語られていないのである。
 パート労働者の問題も、一言「パート労働者への差別・格差をなく」すとあるだけで、具体性の欠けた表現となっている。基本政策とは別に10月17日に発表された各分野の政策では、パート労働者問題については「女性政策」の一環としてより具体的に書かれている。そこでは「パート労働法を改正して、パートや有期雇用の労働者の差別的取り扱い禁止、均等待遇の原則を明記します」とあるが、「差別的取扱い禁止」「均等待遇」としてどこまで具体的に想定しているのかが不明である。実際、いわゆる民主経営においても、パート労働者は常勤労働者よりも、賃金や手当てや労働条件等において著しく差別されている。本当に差別待遇を撤廃することに共産党が本気ならば、どうしてお膝元の民主経営の差別待遇を野放しにしているのか。
 第4に、綱領改定案で在日外国人の問題が無視されていることと一致して、今回の基本政策でもマイノリティ労働者の問題が完全に無視されている。とりわけ重要なのは、ますます増大しつつある外国人労働者の差別や深刻な労働実態の問題である。日本の企業(中小企業を含む)は、これらの外国人労働者を賃金水準全体の引き下げに利用し、解雇しやすい産業予備軍として融通無碍に利用している。彼らはほとんど組合に組織されていないだけでなく、適切な相談機関もほとんどない状態で、過剰搾取を受けている。これらの外国人労働者の地位向上なしには、日本人の労働者の賃金や雇用も守れない。
 第5に、これも綱領改定案と一致して、「少子化傾向の克服」が前面に押し出され、それとの関連で「長時間労働をなくす」という問題や「若者への安定した仕事の保障」「男女差別の撤廃」「出産・育児と仕事の両立の支援」などの諸政策が列挙されている。これはすでに綱領改定案を批判した論文で詳しく述べたように、問題の本質をはずすものである。

 だが、以上のような不十分さがあるとはいえ、共産党の諸政策は、今日の支配層および主要野党の基本政策となっている新自由主義および軍事大国化の路線と真っ向から対立するものとなっている。『週刊金曜日』を含むマスコミがこぞって支持している郵政事業の民営化にきっぱり反対していることに象徴されているように、共産党は今日においても新自由主義に対抗する最も有力な政党である。
 われわれはもちろん、共産党指導部の現在の路線に反対であるし、その路線が――すでに述べたように――選挙政策においても数々の後退として現われている。しかし現在の国内情勢において、共産党に代わりうるような政治的オルタナティヴは存在しない。自民党を中心とする与党勢力と新民主党の二大保守勢力に対する明確な反対の意思をこの選挙でできるだけはっきりと表明する必要がある。個々の小選挙区で他に有力な革新系候補者がいる場合を除いて、基本的に共産党候補者に投票する必要があるだろう。だがそれはけっして、共産党の現在の路線に対する支持を意味するものではない。そうした右傾化路線にもかかわらず、今日の深刻な右傾化状況のもとで共産党の占めている相対的に進歩的・革新的な陣地を守るために投票するのである。
 なお選挙の結果についてはいかなる幻想も危険である。自民党を中心とした与党勢力と、新民主党が議席のほとんどを独占するだろう。共産党と社民党と無党派候補者はこれまでの陣地さえ守れない可能性がきわめて強い。だがわれわれは選挙結果に一喜一憂することなく、長期的視野で革新陣地の再建に取り組まなければならない。そのためには何よりも、わが党の綱領路線の原則的立場を守るとともに、選挙方針においてはセクト主義を排して、革新・護憲の第3極づくりに地道に取り組まなければならない。

2003.10.20  (S・T編集部員)

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