次に、未来社会論と綱領問題に関する不破氏の考察を検討しよう。不破氏は、『ゴータ綱領批判』でマルクスが要求したのはラサール流の分配論を書き込むなということであって、自分の分配論を書き込めということではなかったことを示すものとして、マルクスが起草した1880年のフランス労働党の綱領前文と、エンゲルスによる1891年のエルフルト綱領批判を取り上げている。まずフランスの労働党綱領の前文を取り上げよう。
この前文は次のようになっている。
「生産階級の解放は、性や人種の差別なしに、すべての人間の解放であること、
生産者は生産手段を所有する場合にはじめて、自由でありうること、
生産手段が生産者に所属することのできる形態は、次の二つしかないこと、
1、個人的形態――この形態は普遍的な現象であったことは一度もなく、また工業の進歩によってますます排除されつつある、
2、集団的形態――この形態の物質的および知的な諸要素は、資本主義社会そのものの発展によってつくりだされてゆく、
以上のことを考慮し、また
このような集団的取得は、独立の政党に組織された生産階級――すなわちプロレタリアート――の革命的行動からのみ、もっぱら生まれうること、
このような組織の達成をめざして、普通選挙権をもふくめて、プロレタリアートの自由になるあらゆる手段で努力しなければならないこと、このことによって、普通選挙権は、これまでのような欺瞞の用具ではなくなって、解放の用具に転化すること、
以上のことを考慮して、
フランスの社会主義的労働者は、経済の部面ではすべての生産手段を集団に返還させることを目標として努力する一方、組織化および闘争の手段として、次の最小限綱領をもって選挙に参加することを決定した」(52頁)。
この前文は非常に有名なものであるが、不破氏はこの引用文を踏まえて次のように述べている。
「読めばすぐ分かるように、マルクスは、『生産手段の社会化』を、党綱領の中心にすえました。そこには、生産手段の社会化がどんな分配方式を生み出すかについての示唆もなければ、未来社会の発展段階の予想もありません。ここには、この段階で、マルクスが、未来社会論にかかわって、社会主義政党の綱領に何を求めていたかが、はっきり現われています」(52~53頁)。
フランス労働党の綱領前文に未来社会の分配論がないのは、いわば当たり前である。これは、マルクスが自分の分配論を放棄したとか、どうでもよいとみなしていたことを示唆するものではまったくない。労働党は、基本的に社会主義的変革を遂行する党として存在していたのであって、その基本点である「生産手段の社会化」が綱領の中心になるのは当然である。共産主義社会が発展していけば、おそらくは労働党のような政党自体が存在しなくなるのであって、労働党の綱領にそのような共産主義の高い段階の話が出てこないのは、しごく当然なのである。
ただし、当面する社会主義革命のみを目標とする労働党ではなく、共産主義の高い段階までをも展望する共産主義政党の綱領はまた話が違ってくる。おそらくは、共産主義の高い段階にいたるまでに、共産党そのものも存在しなくなるだろうが、そのような社会を綱領で展望すること自体は否定されるものではないし、「共産主義」政党ならばむしろ、その名前の由来である「共産主義の高い段階」にまで言及することは、ある意味で必然的なのである。
次に不破氏はエンゲルスのエルフルト綱領批判を取り上げる。ここでも未来社会の分配論について何も述べられていないことを不破氏は確認し、自分の説を繰り返し補強する。しかしすでに述べたように、エンゲルスはそもそも、マルクスの「共産主義の二段階」説自体を完全には共有していなかったのだから、その話がまったく出てこないのもやはり当たり前なのである。
以上で、未来社会論と分配論に関するマルクスとエンゲルスの考えを分析した不破氏の理論の検討は終わりである。不破氏が、「定説」を機械的に反復するのではなく、自分の頭で考え独自に検討しようと努力したこと自体は、もちろん評価されてしかるべきだろう。しかしながら、問題は、その検討結果が結局は誤りであったこと、さらに深刻なことに、その個人的考えを個人の見解にとどめずに、一足飛びに綱領の改定にまで貫徹させようとしていることである。せめて、不破氏は、綱領改定案にこの自分の個人的考えをいきなり押し込むのではなく、『前衛』で自分の見解を公表し、それをめぐって研究者を交えた公開討論をするべきであったろう。もしそうしていたら、その問題提起はそれなりに積極的な意味を持っただろう。誤った理論でも正しい認識の発展の一契機になりうるからである。
しかし、彼がそうした手続きをいっさい踏まず、いきなり綱領改定案に自分の個人的思いつきを強引に持ち込んだことは、不破氏の個人的意見=党の意見となるというわが党の根本的な体質をはっきりと物語っている。