まず、総選挙の結果について簡単に振りかえっておこう。
自民党は、解散時の議席を271から233へと38議席減らし、公明党は42議席から31議席へと11議席減らし、保守党は18議席から7議席へと同じく11議席減らし、改革クラブは5議席から0議席へと5議席減らした。合計で与党は336議席から271議席へと65議席減らした。得票数・率で見ても、自民党は比例区で約130万票減らし、その得票率は前回より4・5%減らしている。
しかし、98年参院選と比べると、様相はかなり変わってくる。この時、自民党は比例区で約1400万票しか獲得しなかったのに対し、今回の総選挙比例区では約1700万票も獲得している。得票率も25%から28%へと上昇している。公明党も、98年参院比例区での得票数とほぼ同じ得票数を今回も獲得している。政権交代に直接かかわらない参院選では与党に対する審判はよりはっきりとその政策に沿って行なわれるのに対し、政権交代と直接かかわる衆院選では、保守政権を望む保守派の右バネが働いたと見ることができるかもしれない。公明党に関して言えば、その組織票の堅固さに驚かざるをえない。しかし、いずれにせよ、与党3党は、比例区での合計得票率で42%しか獲得しておらず、得票率で見れば少数与党でしかない。
しかし、それにもかかわらず与党3党は絶対安定多数の議席を確保した。それはあげて、4割の得票で6割の議席を得られる小選挙区制のおかげである。小選挙区制が93年総選挙後の細川内閣のときに導入されたとき、後房雄や筑紫哲也や福岡正行や久米宏その他の「リベラル」な小選挙区制推進論者たちは、小選挙区制こそが政権交代のある民主主義を可能にすると吹聴した。しかし、今回、比例代表での得票率で見ると、与党3党の合計が42%、野党の合計が57%であり、もし比例代表中心の選挙制度なら、今回の総選挙ですでに政権交代は実現していたのである。これは、誰の目にも明らかな形で、推進論者の言い分の誤りを示している。農村部で圧倒的に自民党が強いという日本的特殊性を前提にするならば、小選挙区制は、政権交代をやりやすくするのではなく、逆に困難にするのである。しかも、小選挙区制の導入によって民意は著しく歪められ、多くの少数政党が排除され、大量の死票が生まれた。また、現職が圧倒的に有利という小選挙区制の特徴もはっきり現われた。また選挙区が小さいことで、以前よりもはるかに露骨な利益誘導が可能になった。公共事業の無駄に対するあれほどの批判にもかかわらず、自民党は結局、公共事業の誘導を説くことで、不況に苦しむ農村や地方都市で圧倒的な得票を獲得した。つまり、小選挙区制の害悪はすべて十二分に発揮されたが、「いい面」は何ら発揮されなかったということである。
今回の総選挙は、小選挙区制推進論の完全な破綻をはっきりと示した。かつて小選挙区制推進の旗振り役であった『朝日』でさえ、この冷厳な結果に、小選挙区制が政権交代につながらない可能性を示唆せざるをえなくなっている。しかし、彼らは、この事実を前にしても、かつて自分たちが小選挙区制を推進した罪をけっして認めることなく、あくまでも自己正当化を試み、定数是正論でお茶を濁そうとしている。このような無反省で破廉恥な連中に、共産党指導部を批判する資格はみじんもない※。
※ 最新号の『週刊金曜日』(2000年6月30日)に今回の総選挙結果を総括する座談会が掲載されている。全体としてありふれた分析にとどまっているが、その中で山口二郎氏は、「現在の選挙制度の中で自民党中心の政権を倒すことの困難さを確認した」と述べ、さらに「小選挙区制を導入した時の議論で、『小選挙区制の取り柄は政権選択だ』というドグマが政治学者ののなかに相当あったわけです。それを新聞の論説などもかなり取り込んだ」と述べている。まったく正論だが、このドグマを振りまいた政治学者の一人が他ならぬ山口二郎氏本人だということには沈黙している。社会党の青票議員の反乱のせいで選挙制度改革案が参院で否決された時、山口氏は『朝日』に登場して、「改革」に逆行する守旧派を口をきわめてののしったものだ。また、同じ号で、筑紫哲也氏は「風速計」というコラム欄の中で、総選挙結果を受けて「この国の『腐蝕』は一段と深まった。……この国は変化を拒否した」などと嘆いている。だが、投票者の多数が自公保政権にノーの選択をしたのに、小選挙区制のおかげで自公保が政権を維持したのは、数字が歴然と語っている。そして、この小選挙区制を誰よりも熱心に推進したのが当の筑紫哲也氏なのである。小選挙区制導入当時、小選挙区制反対のキャンペーンを張った数少ないメディアの一つである『週刊金曜日』の中で、ただ一人小選挙区制推進の議論を展開して顰蹙を買ったのが筑紫哲也氏である。その反省もまったくなく、有権者に責任を転嫁して大仰に嘆いてみせるとは、どこまでこの男は恥知らずなのだろう。
とはいえ、小選挙制で本質的に得をしたのは自民党だけである。公明党は基本的には比例代表中心の政党であり、政権に固執するために比例定数削減に賛成したことは一種の自殺行為であった。98年参院と同じ水準の得票にもかかわらず、議席を大幅に減らしたのは、比例定数削減が大きく響いている。公明党は、比例定数削減のマイナス要因を小選挙区での自公協力で埋め合わせようとした。しかし、自公の選挙協力にもかかわらず、自民党によって推された公明党候補者にあまり保守票は行かず、多くが苦杯をなめた。公明党は明らかに自民党にいいように利用されたのである。しかし、いったん政権の毒杯に口をつけた以上、それを飲みほさないわけにはいかない。公明党は今後、より重大なジレンマに悩まされることになるだろう。
次に野党の状況を見てみよう。民主党は、総選挙前の支持率調査では、今一つ人気が盛りあがらず、風の吹かない状況だったにもかかわらず、得票数・率・議席とも顕著な前進を記した。とりわけ都市部での前進が目立つ。民主党は改選前の95議席から127議席へと32議席増やし、比例区での得票も前回の約900万票から約1500万票へと600万票も大幅に増やした。民主党が躍進した98年参院選と比べても、比例区での票は300万票近く増やしている。前回の96年総選挙での得票は新進党が存在したもとでの獲得票であり、現在は新進党が崩壊して、そこに属していた議員たちが今では公明、自由、保守、民主の与野党にばらばらに散っている。したがって、新進党の有力部分が民主党に吸収されたこと一つとっても民主党が前回よりも票を増やすのは、ある意味で当然のことである。しかし、すでに新進党が存在しない98年参院選よりも300万票も票を上積みしたことは、支持率があまり上がらなくても選挙では非自民票を集めることのできる民主党の強みを発揮したと言える。
とはいえ、民主党は、都市部では小選挙区制でも一定勝利しうることを示したが、農村部では圧倒的に自民党に水を開けられており、今回の躍進にもかかわらず、政権交代にはほど遠い。小選挙区制に固執しつづけるかぎり、民主党を中心とする政権の道のりは、きわめて困難である。
しかし、与党3党も民主党も基本的には同じ穴のむじなであり、この両者間における得票数の差や得票率の格差は、本質的な重要性を持っていない。私たちにとって最も重要なのは、共産党と社民党の動向である。次にそれを見てみよう。