歴史の真実を直視し、誤りを認める勇気を
書評:『汚名』(油井喜夫著、毎日新聞社、1600円)

スパイの暗躍

 この『汚名』で興味深かったのは、新日和見主義者を糾弾する側に積極的に回った幹部たちの中に、のちに権力のスパイとして摘発された人物が複数いたことである。
 1974年、前民青中央常任委員で大阪府委員長であったKが公安警察のスパイとして摘発され、翌1975年、現職の民青愛知県委員長もスパイであることが発覚した。そして、この愛知県委員長の親玉は前愛知県委員長のNであった。油井氏は次のように述べている。

 「私は、KとNの摘発記事が『赤旗』に写真つきで載ったとき、強い衝撃をうけた。私たちを処分した主要幹部だったからである。彼らは新日和見主義糾弾で大いに活躍した。KやNは、陰に陽に教育・学習と闘争、拡大と闘争の関係など、民青中央委員会の議論を巧妙にあおってきた人物だった」(247頁)。

 スパイはしっかりと目的を果たした。党幹部の不信感を利用して、民青幹部にいた最もすぐれた活動家たちを根こそぎ一掃することができたからである。彼らはおそらく、公安内部で表彰されたことだろう。
 もちろん、新日和見主義事件そのものがスパイによって挑発されたものとみなすのはナンセンスである。この事件そのものは、最高指導者の宮本顕治を筆頭とする党幹部が、民青・全学連幹部の急進主義と自主性に危険な兆候を見出したことがきっかけである。しかしながら、それがあのような激しさをともなって一大処分劇となったことの一端に、スパイによる煽動があった可能性は否定できないだろう。
 党中央は、しかしながら、これらのスパイが摘発された後も、新日和見主義事件においてスパイが一定の役割を果たした可能性を検討することはなかったし、事件そのものを見直すこともなかった。党の無謬性神話はその後も続いた。処分された者たちは、沈黙の牢獄につながれたままだった。党員としての義務感がそうさせたのである。

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