危機に瀕する憲法と対抗軸の模索

自民党総裁選の意味

 インタビュアー まず自民党総裁選についてお話をうかがいます。この総裁選は、現在の内閣支持率の高さや、また派閥の力関係からして、最初から小渕の圧倒的有利が言われ、実際にその通りになりました。このような流れから見ると、今回の総裁選にはそれほど重要な政治的意味がなかったように思われますが、いかがでしょう。

 H・T それはいささか過小評価だと思います。今回の自民党総裁選について言いますと、総裁選に出馬した3人の候補者が、現在焦点となっている諸問題について、ある意味で典型的なスタンスをとった点で、非常に興味深いものでした。

 インタビュアー と、言いますと?

 H・T 短期的にも長期的にも、いま現在、最も重要な政治的焦点となっているのは、われわれの言葉で言うなら、日本の帝国主義化をめぐる問題と、新自由主義政策をめぐる問題です。すでに、これまでのインタビュー等で繰り返し明らかにしているように、現在の支配層の主たる政策的柱はこの2つであり、この2つの政策を基軸として、今後、日本および世界における階級闘争が展開されていくことになるでしょう。
 この点から見ますと、総裁選に出馬した3人の候補者のそれぞれが力説するポイントは、まさにこの基軸に沿ったものでした。まず、最右派の山崎拓は、その主たる政策的売りを何よりも集団的自衛権の行使と改憲に置きました。山崎は、今後の日本の進路として、個別的自衛権に限定したままでいるのは困難であると考えており、NATO型の集団的自衛権を行使して、日本の軍隊が世界に展開するためには、憲法9条の改正は欠かせないと力説しました。いくら何でも、集団的自衛権の行使までも、解釈改憲でやるのは無理だと判断しているのです。
 一方、経済政策に関しては山崎は、引き続き経済刺激政策を積極的にやる必要があるとみなしており、大規模な公共事業を含めた財政出動に諸手を挙げて賛成しています。これは、後で見るように、新自由主義政策に反対という意味ではなく、現在の焦点をあくまでも景気回復に置いており、そのための公共事業拡大には賛成だ、という立場です。
 それに対して、もう一人の対抗馬であった加藤紘一は、その政策的売りを何よりも「小さな政府」の実現と思い切った規制緩和政策に置きました。したがって、景気刺激策に関しても、公共事業費の大幅出費には否定的で、財政再建を優先させる立場をとりました。これは典型的な新自由主義的立場です。

 インタビュアー 加藤氏は以前から、「大きな政府」か「小さな政府」かが今後の政局の基軸であり、政界再編の結集軸になるべきだというのが持論でしたね。

 H・T そうです。その基本姿勢は今回も貫かれています。たとえば、9月6日付『毎日』のインタビューでこう答えています。

「日本は世界史の中で最も成功した社会民主主義国家をつくり上げたが、活力を失っている。今は『小さな政府』、市場経済に振るのが、この国を元気にする方向だ」。

 加藤のような新自由主義者から見ると、今の日本社会でさえ「最も成功した社会民主主義国家」に見えるようです。
 その一方、憲法問題をめぐっては、近い将来における9条改憲にあまり熱心でない姿勢をとりました。しかし、これも、あくまでも近い将来における改憲への消極姿勢にすぎず、改憲そのものに強く抵抗するというものではありません。
 さて、山崎拓が明確な改憲姿勢をとることで帝国主義政策の旗手となり、加藤紘一が明確な「小さな政府」路線をとることで新自由主義政策の旗手になったのに対し、本命の小渕恵三は、このいずれに関しても、いわば中間的立場をとりました。
 まず憲法問題に関して小渕は、ただちに憲法を改正する姿勢を見せないまでも、「論憲」という立場を積極的に打ち出しました。また、経済政策に関しては、景気回復を当面する最も重要な課題と位置づけ、積極的な財政出動を打ち出していますが、その財政規模に関しては山崎ほど積極的ではありませんでした。

 インタビュアー つまり、帝国主義政策を基本に据える山崎、新自由主義政策を基本に据える加藤、この両方において中間的立場をとる小渕、という図式になったわけですね。

 H・T そうです。

 インタビュアー この図式にもとづいて総裁選挙が行なわれ、小渕が圧倒的多数で勝利したというのは、どういうことでしょうか?

 H・T 票差というものは、自民党総裁選の場合は基本的に派閥の力関係で決まりますので、それほど大きな意味を持っていません。重要なのはむしろ、総裁選において、このようなある意味鮮明な図式が形成されたということです。そして、このような対立の構図にもかかわらず、実際には、この総裁選はきわめて和気あいあいに進行し、勝った側も破れた側もほとんど遺恨を残すことなく、しゃんしゃんのうちに幕を閉じました。

 インタビュアー それはどういうことでしょか?

 H・T つまり、この3者の対立構造というのは、言葉の本当の意味での対立ではなく、自民党政権が今後やっていく政策課題のうち、今の時点でいずれを強調するか、という違いでしかないのです。そしてそのような強調をすることで、今後における政権の行動に拍車をかける役割を果たしているわけです。
 たとえば、総裁選中にすでに小渕は「討論をやっているうちに仲間うちになっちゃう。……(加藤、山崎が党幹部時代に)やってきたことを小渕恵三が汗をかいてやっているんだと言ってしまえば、だいたいそれで済む話だ」(9月18日付『朝日』)と、述べています。
 したがって、特別の色を持たない小渕の勝利は、山崎の政策や加藤の政策の敗北を意味するのではなく、それらの政策をある一定のタイムスパンで遂行していくということを意味しています。そしてそのスパンの長短は、世論の反応や支持率の高低に依存しつつ、全体として支配層の要求に応じて決定されていくのです。
 そして、闘う人民の側は、自民党政府のどの派閥ないし人物がよりましかなどという、どうでもよい選択肢に惑わされることなく、誰が総裁になっても基本的には同じ政策課題が遂行されていくことを直視して、その方向性全体に対する闘争を構築していく必要があります。そしてその方向性の延長上には、間違いなく、改憲の2文字が位置づけられているのです。

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