インタビュアー ところで、先ほどおっしゃった、景気回復策と財政再建の関係について、詳しくお話ください。
H・T 今現在の時点で、景気回復策と財政再建のどちらを優先させるか、ということは、支配層にとっては本質的に2次的な問題ですが、どちらをどの程度どのタイミングでやるのかは、短期的には世論やエリート層の支持・不支持と深くかかわってきますので、戦術的には重要な意味を持っています。
インタビュアー と言いますと。
H・T つまり、景気回復策ないし景気刺激策よりも財政再建策を優先させると、景気の悪化につながり、内閣支持率に直接響きます。典型的には、1995~96年のきわめて微弱な景気回復過程を本格的な景気回復が始まったと錯覚した政府当局は、1997年に、特別減税の中止、消費税増税、大幅な医療改悪などを強行しました。その結果、秋のアジア金融恐慌も重なって、97年から再びいっきに景気が悪化し、それは今日まで続いています。現在、きわめて微弱な程度で、再び雇用の増大、経済成長が見られますが、これも政策の舵取りしだいでは97年の悪夢を再来させないとも限りません。支配層の主流派が積極的な財政出動に熱心なのは、この経験があるからです。
しかし、他方では、財政再建を遅らせて財政赤字をこのままの勢いで増大させるなら、将来に重大な禍根を残すことになると、エリート層は見ています。彼らの念願である「小さな政府」を実現するためには、一時的な景気後退や失業の増大は恐れるべきではなく、強力なリーダーシップのもと、財政再建・緊縮政策を断行するべきであると考えています。しかし、彼らとて、景気の浮沈が世論の支持の高低に直結することは認めざるをえません。その意味で彼らにとって民主主義の制度は忌ま忌ましい存在なのです。
インタビュアー すると、この景気回復優先か財政再建優先か、という対立軸はそれなりの重要性を持っているということなのですか?
H・T 短期的にはそうです。しかしそれは、あくまでも支配層にとっての重要性です。庶民層にとっては、どちらにしても自らの犠牲の上で景気の刺激も財政再建も行なわれるのです。現在行なわれている景気刺激策とは、従来型の大型公共事業であり、大企業・金持ち減税であり、雇用の流動化政策であり、民活路線です。
前者2つは、国の財政赤字を増やすことで、将来においてよりいっそうドラスティックに福祉や教育などの分野の予算が削られ、よりいっそう大きな消費税増税を招く原因を累積させています。後者2つは、常用労働者がリストラされ、パートや派遣や契約労働者といった不安定雇用が増大することを意味するし、あるいは生き残った常用労働者の労働形態がより苛酷になることを意味します。
他方、現在の不況のもとで財政再建が優先されることは、ただでさえ苛酷な生活のもとで、公的な保護や福祉が削られ、増税に苦しむことを意味し、不況をいっそう深刻にすることで、将来における財政出動をいっそう大規模なものにするでしょう。
どちらにしても、互いが互いをいっそう苛酷にし、その矛盾の解決は、社会の中の相対的に弱い層の犠牲によって行なわれるのです。