危機に瀕する憲法と対抗軸の模索

小沢の改憲論(4)――独立性なき憲法裁判所

 H・T 2つめは、憲法裁判所の設置を提案していることです。これは、一見したところ、とくに帝国主義的でも国家主義的でもないように見えます。実際、これまで護憲派の論客自身が、ドイツ的な憲法裁判所を設置することを提案してきた経過もあります。しかし、ここで小沢が意図しているのは、違憲である可能性の高い多くの現行法に対するチェック機能を担わせるためではなく、どしどし合憲判断を出して問題をすみやかに処理したいということです。
 その証拠に、その憲法裁判所の裁判官の人選は、裁判官経験者や有識者(?)の中から国会あるいは内閣が指名すればよい、となっていることからも明らかです。これはまさに司法の独立を著しく侵害するものです。内閣あるいは国会の多数派が制定する法律の違憲・合憲の判断をする人間を、他ならぬ内閣あるいは国会多数派が指名するべきだ(しかも、「有識者」から!)、というのです。それは言ってみれば、被告が裁判官を自分の仲間内から指名するようなものです。このような憲法裁判所がいかなる合憲判断を下すかは、火を見るよりも明らかでしょう。

 インタビュアー なるほど。これまで裁判所は、いわゆる統治行為論を持ち出して、憲法判断を避けてきましたが、そういう曖昧なことはやめて、すみやかに合憲判断を出すようにすればよい、というわけですね。

 H・T まさにそういうことです。これまで日本の裁判所に一般的であった憲法判断の忌避姿勢は、もちろん、自衛隊や安保などの違憲性を問う側にとって見れば、きわめて限界のあるものでしたが、同時に合憲判断も下していないという意味では、その後の運動の可能性を残しているものでした。しかし、強力な国家体制を構築したいと切に願っている小沢は、このような中途半端さえ許しがたいものなのです。ですから、憲法裁判所という名前にだまされて、小沢の提案にうかうかと乗るなら、たいへんな目にあうでしょう。

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