インタビュアー この論文を読むと、首相公選論をめぐっても両者が対立しているようですね。小沢は、首相を公選にすれば首相が元首になるので、天皇の位置が曖昧になってしまうという理由で、首相の公選制に反対しています。それに対して、鳩山は、首相の公選制を突破口に憲法を改正したいと言っています。
H・T 天皇の位置づけと首相公選制をめぐる問題がこのような形で密接に結びつけられて論じられているのは、一見奇異に見えますが、根拠のあることです。帝国主義的な国家体制を構築する上で天皇をどのように位置づけるかというのは、支配層にとってなかなか難しい問題です。
単純な復古主義的保守派からすれば、天皇を憲法上でも元首と位置づけ、天皇を現在の非政治的存在から政治的存在に変えた上で、復古的な(完全にではもちろんありませんが)体制を構築するという展望が理想的でしょう。しかし、このような体制は主流にはなりえません。というのは、このような体制は国内の革新派のみならずアジア諸国にとってあまりに受け入れがたいものであり、現代的な洗練された帝国主義体制を構築する上で障害になります。アメリカも受け入れないでしょう。この正面突破作戦にはあまりにも障害が多く、あまりにもハードルが高いものです。
では、だからといって、天皇を新しい帝国主義体制のどこにも位置づけずにすむかというと、そういうわけにもいかない。小沢は当初、天皇なき帝国主義構想を立てていました。『日本改造計画』を見ても、ほとんど天皇は出てきません。これは、戦後的な帝国主義体制、復古主義的ではない洗練された保守支配を構築する上では大いに有効な選択肢です。しかし、これでは、保守派内のコンセンサスをとるのはきわめて難しいでしょう。復古的天皇主義者は、保守内部の多数派ではないにせよ、保守派の中で最も堅固で安定した翼を構成しています。彼らなしに安定した保守支配はありえません。彼らが前面に出ることは、新しい体制構築にとって厄介であるにしても、彼ら抜きでの安定した帝国主義体制も考えられないのです。
小沢はこのジレンマを乗り越えるため、憲法を変えることなく、現行憲法のままで天皇は元首であると強弁します。憲法を変えて天皇を元首にすることには、国内外の巨大な抵抗が予想されますので、これは避け、その一方で、天皇主義的保守の支持を得るために、現在すでに天皇は元首であると言い切っているのです。そして、この点の配慮をよりはっきりさせるために、小沢は厳しい調子で首相の公選制に反対します。大統領的存在をつくらないことで、日本国家の頂点に立つ存在はあくまでも象徴天皇であるということを明確化したいということなのです。現実政治の力学をよく心得た小沢らしい巧みな選択肢と言えるでしょう。
それに対して、日本政治および日本社会における天皇主義者の力を過小評価する鳩山には、そのような考慮はありません。天皇の位置づけについては今までどおり単なる象徴として尊敬の対象であればいいということで落ち着きます。その裏腹の関係として、首相の公選制を主張しているのです。これは、もちろん、ブルジョア的支配の合理性という観点から見れば、選挙で選ばれた強力なリーダーが国家の頂点に立つということに何ら問題はないし、むしろそれは理想的と言えます。しかし、問題は、ブルジョア的支配、帝国主義的国家体制というものが抽象世界や観念の中に存在するのではなく、具体的な歴史と社会状況をもった特定の国に構築されるということです。日本にはその特殊性の最たるものとして、象徴天皇があり、9条があり、対米従属があるわけです。
鳩山の路線は、天皇でも、9条でも、対米従属問題でも、その特殊性に配慮することなく、一般的・抽象的ブルジョア国家秩序のモデルを対置することでよしとしています。ここに、新しい国家リーダーをめざす鳩山の致命的弱点があります。
しかし、いずれにしても、鳩山と小沢の対立は、どのような帝国主義体制を選択するかという問題での副次的対立でしかなく、9条の改憲、内閣に非常事態権限を持たせること、小選挙区制を中心とした選挙制度をとること、人権より有事を優先させること、そしてもちろん、その新自由主義政策、等々において両者の間にいかなる対立もないのです。