雑録

 この「雑録」は、日本共産党とその周辺をめぐる動きの中で、短くても論評しておくべきものを取り上げて、批判的に検討するコーナーです。

日本共産党の東南アジア歴訪の政治的意味

 日本共産党指導部の昨今の右傾化が、この間、強まりこそすれ、まったく弱まっていないことを深く実感させてくれるエピソードが、ごく最近でもいくつも見られた。その1つが、9条改憲を公言した鳩山民主党に対する極端に迎合的姿勢であり、2つ目は、オーストラリア帝国主義を中心とする多国籍軍への資金援助にもろ手を挙げて賛成したこと、3つ目は、鳴り物入りで行なわれた初の東南アジア歴訪の旅である。
 第21回党大会で「アジア重視」を掲げたことを受けて、今回の東南アジア歴訪となったのだが、その内容はまったくもってお粗末なものだった。不破委員長を団長に、緒方靖夫参院議員、佐々木憲昭衆院議員、大内田和子日曜版編集長、浜野忠夫書記局次長、西口光国際局長といったそうそうたるメンバーで行ったにもかかわらず、現地では労働組合指導者や市民運動活動家や野党指導者といった人々とはいっさい会わずに、ひたすら政府筋の人間との交流を深めてきただけだった。これが、共産党の「野党外交」だろうか? とくに、ブルジョア開発独裁国家であるマレーシアとシンガポールを訪問したときの共産党代表団の態度は噴飯ものだった。
 代表団メンバーは、政府の高官に手厚く迎えられて心から感動し、これらの国に対する許しがたい賛辞をふりまいた。彼らには、この両国で呻吟する女性労働者や移民、反体制運動家たちの声などまったく聞こえないのだろうか?
 マレーシアにもシンガポールにも、戦前の日本にあったのと基本的に同じ治安維持法が存在し、共産党は非合法化され、多くの反体制派運動家が、令状も裁判もなしに頻繁に逮捕・投獄され、長期間に渡って拘留されている。両国はたしかに経済成長を果たしたが、それ自体は開発独裁国家として何ら不思議ではない。ピノチェト下のチリだって奇跡的な経済成長を果たした。これらの国が急速な経済成長を果たした主要な原因は、国内の強権的治安体制と、多国籍企業の積極的誘致である。
 たとえば、マレーシアは、積極的に多国籍企業を誘致するために――よくあるパターンだが――輸出加工区を設けて、そこに極端な企業優遇税制を適用しただけでなく、1988年まで労働組合を結成することさえ禁止していた。このような優遇措置ゆえに、世界中から多国籍企業が押し寄せた。とりわけ電気・電子関係の企業が活発にマレーシアに進出した。日本の多国籍企業も、1985年以降の円高にも支えられて、急速に進出してきた。マレーシアに進出した日本企業としては、たとえば、日立製作所、NEC、松下電気、東芝、シャープ、トヨタ自動車、ソニー、住友電気、富士通、三菱電気、日本電装、三協精機、サンヨーといった、有名な大企業が含まれている。これらの多国籍大企業は賃金の安い女性労働者や移民労働者を大量に雇用し、97年に経済が危機に陥ると真っ先にこれらの労働者を切り捨てた(その一方で、マハティール首相の親族の経営する縁故企業は、政府の手厚い救済措置を受けて危機を乗り切った)。
 日本共産党はたしか多国籍企業に対する民主的規制について語っていたはずだが、その政策はどこに行ってしまったのだろう。
 また、マレーシアでは、政府批判はご法度であり、マスコミは政府検閲のもとにあり、デモや集会も戦前の日本並みに規制されている。首相のマハティールに逆らう人物は、たとえ保守系の政治家であっても容赦なく弾圧される。たとえば、元副首相のアンワルは、マハティールの身内企業保護に反対したことで恨みを買い、昨年9月に治安維持法(ISA)で逮捕投獄された(この事件は、民衆の反体制運動に火をつけ、現在、各地でアンワル釈放運動が進められている)。
 またマレーシアでは、マレー人の優位が憲法で保障されており、インド系、中国系住民は二級市民として雇用や政治、教育の多くの分野で差別されている。中国系住民を基本にしたマラヤ共産党はかつて、マレーシア政権によって血の弾圧にあい、多数の活動家が殺された。
 日本共産党代表団は、もちろん、これらの事実をよく知っている。たとえば、緒方参院議員は、帰国後の座談会(シンガポール編)の中で、「マレーシアもシンガポールも国内保安法という法律があって、共産党が認められていないわけです」と平気で語っている。
 また、マラヤ共産党との紛争についても、「『共産党』というと、かつてはジャングルで中国追従の立場から武装闘争をした党を連想して、国民がアレルギー反応をおこすという状況もあります」(西口発言)と述べている。あたかも、中国追従の武装共産党は弾圧されてもかまわないかのような口ぶりではないか。彼らはマレーシアとシンガポールにおける深刻な問題を知っていて、それをどうでもいいことだとみなしたのである。 

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