以上のようなきわめて特殊な状況下にあったことを考えれば、たとえ短期決戦であったとはいえ、まず候補者選定にあたって、超党派的な共同推薦候補を模索する姿勢は必要であったのではないだろうか。とくに今回は、女性の人権問題が一つの重要な争点になっていたし、辞任を求めて活動した女性議員有志や、女性団体の活動家などは、横山ノックを辞任に追いつめた立役者であった。しかし、ノック辞任からわずか2日後に、「明るい会」は前回と同じ、党内学者である鯵坂真氏の再擁立を発表した。
鯵坂氏がこれまで女性差別の撤廃にとりわけ熱心に取り組んできたという印象はない。彼はマルクス主義哲学の学者であり、女性運動に積極的に関与してきたわけでもない。今回の府知事選の重大な特徴を考慮することなく、前回と同じく党に忠実なマルクス主義哲学者をさっさと候補者にした過程には、疑問を感じないわけにはいかない。また、実際の選挙戦においても、女性の人権問題がまともに争点にされたとも言えない。ほとんどもっぱら大規模公共事業に対する批判が争点の中心にされていた。
また、府民的な世論によって現職知事を辞任させたという特殊な事情は、今回の選挙戦のなかでも重要な要素であった。少なからぬ選挙民は、前任者が辞任にいたった過程と連動した形で新しい知事が誕生することを願っていた。このムードを察知して、それに応じた候補者を出したのは、皮肉なことに保守陣営であった。彼らは、エリート官僚の出身とはいえ、副知事経験もある女性候補者を担ぎ出した。
太田房江氏が、性別が女性であるという以外に、何らかの形で女性の地位向上や性差別撤廃のための運動に積極的にかかわってきた実績があるのかどうかは不明である。おそらくほとんどないと思われる。しかし、彼女が女性であるという事実、そして当選すれば、初めての女性知事になるという事実は、選挙民の投票動向に少なからぬ影響を与えた。2月17日付『毎日新聞』によると、太田候補に投票した人のうち、実に17%が「女性だから」という理由で票を入れている。つまり、セクハラ事件という背景によって、太田の138万票の17%、すなわち約23万票が太田に投じられたのである。この票が太田ではなく、革新候補にいっていたならば、選挙結果は見事に大逆転し、革新知事が誕生していたのである。
候補者の選定過程、および実際の選挙戦の中で、女性差別問題について、ほとんど争点にしえなかったことは、今回の革新陣営の重大な弱点だったのではないだろうか。
なお、この点に関して付記しておくべきことが一つある。今回の府知事選挙の出口調査によると、各有力候補者に対する男女別の得票率に大差はなかった。太田に投票したのは男性が52%、女性が48%であり、鯵坂に投票したのも、男性が52%で女性が48%であった(2月7日付『朝日新聞』)。このことから、一般紙は、あたかも女性の投票動向が選挙に特別の影響を与えなかったかのような結論を引き出しているが、これは皮相な判断である。
表面的に見て、太田候補および鯵坂候補に投ぜられた投票の男女割合にとくに差がなかったのは、今回の選挙においては重大なねじれが存在したからである。破廉恥な横山ノックを支持しつづけ、セクハラ事件が発覚した後も横山ノックを支えつづけたオール与党勢力が女性候補者を担ぎ出し、ノック府政と一貫して対決し横山ノック糾弾と辞任を求めてきた革新側は、旧来の候補者をそのまま今回も候補者にし、女性の人権問題をほとんど争点にしなかった。そのため、女性票ないし女性の人権問題に敏感な部分の票が太田と鯵坂に割れたのである。太田が女性であるがゆえに太田に投票した部分と、鯵坂を推している勢力がノック辞任を求めていた勢力であるがゆえに鯵坂に投票した部分とに。