この「雑録」は、日本共産党とその周辺をめぐる動きの中で、短くても論評しておくべきものを取り上げて、批判的に検討するコーナーです。
共産党指導部は、前回の98年の参院選挙において、当面する要求を消費税廃止から消費税3%への減税に切り変えた。さらに、その後、しだいに消費税減税の主張が後景になり、「財政再建をやる中で、消費税引き下げに道を開く」という表現になり、さらに今回の総選挙においては、はっきりと消費税減税要求が将来の課題に棚上げされ、増税反対が当面する要求になった。それどころか、6月7日付『朝日新聞』によると、筆坂政策委員長は「いま、3%への引き下げを無責任に言わない」と述べ、不破委員長も6月5日の常任幹部会で「責任ある政党として物を言おうとする時、財政再建の展望を押さえて政策を提起しないとリアリズムがない」と述べたそうである。
共産党は、この間の右傾化路線を正当化するために、自分たちの路線は目標に一歩一歩接近していく路線だと言ってきたが、実際には、目標から一歩一歩遠ざかっているのである。最初は消費税廃止。次は消費税減税→消費税廃止。その次は、財政再建→消費税減税→消費税廃止。その次は、増税阻止→財政再建→消費税減税→消費税廃止。目標に一歩一歩近づくどころか、ますます遠ざかっている。これは、改良主義が陥りやすいジレンマである。
だがこの問題は、改良主義一般に解消しえない側面を有している。不破指導部は、当面、消費税減税を要求しない理由として、この間に財政事情が悪化したことを挙げている。たとえば、6月4日に衛星放送で全国同時放送された新宿での街頭演説において、不破委員長は次のように述べている。
私ども実は、2年前の参院選のときには、消費税を3%に引き下げる。そこから、経済の立て直しをやるということを提案しました。
しかし、みなさん。自民党政府はこの2年間に国と地方の借金を101兆円も増やしてしまいました。そこまできますと、経済の立て直しを消費税の減税から始めるわけにはゆかなくなります。やはり、私どもが国の財政を考えようとすると、ちゃんと段取りをおってすすめなければなりません。だから、私たちはいま、みなさんに、まず消費税の大増税を食い止めて、国の財政を増税なしで再建する方向にむけること、そして、その再建のレールがしっかりしたら、そのとき消費税の減税実現に堂々ととりくむこと、こういう方向で進みたいと思っています。どうか、よろしくお願いします。
だが、このような理屈は説得力を持つだろうか。たとえば、数兆円だった借金が101兆円も追加的に増えたならば、国の財政が劇的に悪化したことを意味しており、政策転換の理由として一定の説得力を持つ。しかし、101兆円の借金が増える前に、国と地方にどれだけの借金があったかというと、すでにその時点で550兆円弱の借金があったのである。ところで、5%の消費税を3%に戻すと税収が年間にどれだけ減るかと言うと、2000年度の当初予算ベースをもとにしていうと、わずか4・8兆円である。しかも、共産党の言い分によれば、消費税減税こそ景気回復の決め手である。つまり、消費税を減税すれば、景気が回復し、したがって消費も伸び、その分消費税収入も増える。つまり、共産党の理屈に従うなら、消費税収の減り分は4・8兆円よりもはるかに低いはずなのである。
550兆円の借金があったときに、4・8兆円(ないしそれ以下)の減税要求をすることは正しく、650兆円の借金になったときには、4・8兆円の減税要求が無責任な要求になる――何と説得力のない言い分だろうか! 借金が650兆円弱のときに4・8兆円の減税要求が無責任なら、550兆円の借金があったときにもやはりその要求は無責任なはずである。
さらに言えば――これは[JCPウォッチ!]でも指摘されていたことであるが――、共産党は今年の2月29日に2000年度の予算案に対する予算組案替え提案を発表しており、その中で次のようにはっきりと消費税の3%への減税を要求している。
各種世論調査でも、消費税の引き下げが、雇用不安の解消とともに、国民ののぞむ景気対策のトップになっている。総務庁家計調査で消費支出が7年連続で減少しつづけており、消費税減税は、もっとも確かで、緊急の景気対策である。景気対策として、緊急に消費税を3%に引き下げる。その際、地方消費税や地方交付税などの財源配分に配慮して、税率引き下げによる地方財政の悪化をふせぐ。
この時点ではすでに借金は現在の水準にほぼ達していた。この2000年度予算で追加された新たな借金は30兆円強である。現在の財政状況での消費税の引き下げ要求が「無責任」ならば、2000年度の予算案組替え動議における消費税減税要求も間違いなく「無責任」なはずである。
ところで、この間、所得税と法人税の収入が劇的に減っている。その理由は、不況のせいだけでなく、金持ち減税と法人税減税の大盤振る舞いをやったからである。この金持ち減税と法人税減税によって減った税収分が年間にどれぐらいかというと、共産党自身の試算では約2・7兆円にものぼる。つまり、大企業と金持ちのための減税分をなくし、税率を元に戻すだけで、消費税減税の半分以上をまかなうことができる。
共産党は財政再建の主たる手段として、公共事業の削減、軍事費の削減、大企業優遇税制の是正、所得税を総合課税にすることなどを挙げている。これらはいずれも、税率そのものを変えなくても達成できる項目である。これらの手法によって、10兆円の新しい財源ができると共産党は主張している。不破委員長は、この10兆円の半分近くも消費税減税に使うことはできないと主張しているが、そんなことをする必要はいささかもない。所得税と法人税の税率をただ98年参院選の時の税率に戻すだけで、消費税減税のための財源の半分以上を確保することができる。
では残る2兆円はどうするか? これは、消費税減税が景気回復の決め手になるという共産党の言い分が正しいならば、この景気回復によってかなりまかなえるはずである。あるいは、共産党が主張していない他の税収増(たばこ税の増税など)でまかなうこともできるだろう。また、共産党は最近、食料品への非課税を主張し始めた。これがどれぐらいの額になるのかは明らかにされていないが、それなりの額になるだろう。ということは、この分にプラスして、大企業と金持ち減税分をなくせば、3%への減税にさらに近づくことになる。要するに問題は、消費税の減税を本当にやる気があるのかどうかである。やる気さえあるなら財源確保は十分可能である。もしそれが絶対に不可能だとすれば、98年参院選のときも、2000年度予算の組替え要求のときも、絶対に不可能であり、食料品への非課税要求も絶対に不可能である。
このように、財政悪化を理由として消費税減税の要求を将来に棚上げすることに、いかなる合理的な根拠もないことがわかった。ではなにゆえ、消費税減税の要求は棚上げされたのだろうか。その第1の理由は、政権入りするということが最大の目標になってしまっていることである。そのことを端的に示すのが、7日付『朝日新聞』で報道された不破委員長と筆坂政策委員長の発言である。とくに筆坂氏は「いつ政権に就いてもいいんだという気概をもって政策を作っている」と述べている。政権に就く可能性がなかった98年参院選のときは、消費税減税要求を正面に掲げたが、政権入りが目の前に迫ってきた今回の総選挙においては、「責任政党」として消費税減税を将来に棚上げするというわけである。
第2の理由は、民主党との関係である。消費税減税を正面に押し出して選挙を戦うと、民主党との連合を組むときに重大な障害になる。なぜなら民主党は絶対に消費税減税を認める立場にはないからである。それどころか消費税増税さえ必要とみなしている。このような民主党と連合を組むことを念頭に置くなら、当然、消費税減税を主張することはできない。
このように、現在の共産党の公約は、国民の利益を出発点にしているのではなく、党幹部の政権入りの思惑を出発点にしているのである。