今回の規約改定案における重要な改悪点の一つは、すでに『さざ波通信』への投稿やJCPウォッチなどで多くの人が取り上げているように、党員の義務と権利を列挙した第5条の第5項において、新たに「党の決定に反する意見を、勝手に発表することはしない」という一文が導入されたことである。
すでに吉野傍氏の投稿が詳しく論じているように、この5章5項は、現行規約の第21条にある文言「全党の行動を統一するには、国際的・全国的性質の問題について、中央機関の意見に反して、下級組織とその構成員は、勝手にその意見を発表したり、決議してはならない」とけっして同一ではない。規約改定案の第17条に現行規約第21条とほぼ同じ(両者の重要な相違については後述)内容が入っていることからしても、第5条第5項における「党の決定に反する意見を、勝手に発表することはしない」は、独自の意味を持った独自の条項であると考えるのが、自然であろう。
これの意味は、地方機関の「自治」という概念が新たに規約改定案に盛り込まれ、各地方機関の「自主性」が従来より多少拡大されたこととあわせて考えるべきだろう。どういうことかというと、現在の共産党の形が確立されたのは1961年の第8回党大会であるが、それから約40年、度重なる除名劇と粛清を通じて、機関単位で中央に逆らうような有力潮流は完全に姿を消した。今では地方機関は、政治的自主性をほぼ完全に失っており、全国的性質の問題においては、無条件に中央に従う状況になっている。しかし、機関レベルではそのような圧倒的な支配力が確立されたとしても、個々の党員レベルでは、中央の見解に重大な疑義を覚える党員の発生を完全に防ぐことはできない。しかも、現在においては、インターネットという、個人単位で情報を発信することのできる巨大なコミュニケーション手段が登場し、ますます広がりつつある。今や課題は、機関レベルでの統制ではなく、個々の党員レベルでの統制である。そこで、すでに完全に従順になっている地方機関の自主性を多少拡大する措置をとるとともに、個々の党員に対する統制を厳重に強化する方向が、今回の規約改定案によって打ち出されたのである。
不破委員長は報告において、地方機関の自主性を多少拡大したことだけを取り上げ、個々の党員レベルでは逆に統制を強化したことについては、一言も触れていない。これこそ、不破委員長ご推薦の「市民道徳」がはっきりと禁止している「嘘」と「ごまかし」以外の何ものでもない。
個々の党員の意見表明権を制約する方向性は、吉野投稿が指摘しているように、別の条項でも示されている。現行規約の第21条は、「党の政策・方針について、下級組織は、党の組織内で討論をおこない」と規定しているが、この条項を引き継いだ改定規約案第15条は、「党員と党組織は、党の政策・方針について党内で討論し」というふうに、討論の主体を「下級組織」から「党員と党組織」へと全面的に拡大している。下級組織が党の組織内で討論を行なうのは当然だが、その義務を個々の党員に広げるいかなる根拠もない。党の組織内で討論することは、個々の党員の権利であって、そこに限定される性質のものではない。
不破委員長は、今回の報告の中で、この改定について何も語っていない。なぜか? その理由は簡単である。それを堂々と正当化することができないからであり、あるいは、堂々と正当化したならば、今回の規約改定を民主化に向けてのものだとする装いが完全に剥がれてしまうからである。
この改定案がそのまま通れば、個々の党員は、党の政策や方針について、賛成の立場であろうと反対の立場であろうと、党外で討論することができなくなる。インターネットはもちろん、個人的な会話においてもである。だが、この条項を本当に守ろうとするならば、実は、党の委員長や書記局長が、マスコミ主催の党首討論会に出席して、共産党の政策・方針を論じることさえできなくなる。なぜなら、党首討論会は党内ではないからである。あるいは、大衆的な集会の場や、立会演説会でも、党幹部が党の政策や方針を討論することもできなくなる。集会も立会演説会も党内ではないからである。委員長が、党の政策・方針についてマスコミのインタビューに答えることもできない。なぜなら、マスコミのインタビューも党内ではないからである。
つまり、今回の規約改定案の第15条は、絶対守ることが不可能な、100%ナンセンスな条項なのである。この条項が何らかの意味を持つためには、次のような但し書きを加える必要があるだろう。「ただし中央機関とそこに属する党員についてはそのかぎりではない。中央の方針・政策に賛成の立場で討論する場合も、そのかぎりではない」…。だがこんな但し書きを付け加えれば、共産党という組織の非民主性があまりにも露骨に暴露されてしまうだろう。
個々の党員レベルでの統制強化という方向性はさらに、現行規約の第21条を受け継いだ規約改定案の第17条にもはっきりと示されている。規約改定案の第17条は次のようになっている。
全党の行動の統一をはかるために、国際的・全国的な性質の問題については、個々の党組織と党員は、党の全国方針に反する意見を、勝手に発表することをしない
現行規約第21条においては、「国際的・全国的性質の問題について、中央機関の意見に反して」「勝手にその意見を発表」してはならないとされている主体は、「下級組織とその構成員」である。このことの意味については、吉野投稿がすでに詳しく論じている。すなわち、それが問題にしているのは、個々の党員レベルの「意見発表」ではなく、あくまでも「下級組織とその構成員」の資格における「意見発表」である。この場合の下級組織とは、「中央委員会」も含んでいる。というのは、党の最高の機関は党大会であり、それ以外のすべての機関は、この党大会に対しては「下級組織」になる。したがって、委員長といえども、委員長の資格としては、「中央機関の意見」(その最高のものは党大会決定)に反して、その意見を発表してはならないのである。
このような主体設定は、この条項の前提である「全党の行動の統一」という規定と深くかかわっている。このことの意味は、たとえば、勝手に意見を発表する主体が党の委員長である場合を想定すれば、よくわかる。党の委員長がその資格において、「中央機関の意見」に反して、勝手に中央の決定と異なる意見をマスコミ向けに発表したとしたら、当然、全党的な混乱が生じ、マスコミも有権者も何が党の見解であるのかがわからなくなり、行動の統一は保てなくなるだろう。意見発表する主体の党内地位が下級に降りるにつれて、このような混乱の度合いは小さくなるし、それが個々の支部の支部長の場合には、混乱の度合いは極端に小さいだろう。したがって、この第21条の項目は本来、何よりも、党幹部の暴走を食い止めるためのものとして機能すべき条項なのである。
ところが、今回の規約改定案においては、意見発表を禁止される主体は、「個々の党組織と党員」にまで広げられている。これは重大な改悪である。このような、最も広範な主体を設定する根拠は、この規定の大前提である「全党の行動の統一をはかるため」という規定からはけっして出てこない。その最たる証拠は、不破委員長自身の報告そのものである。不破委員長は、この改定案第17条について次のように説明している。
全国問題や国際問題は、中央はこう言ってるが、地方の党組織は別のことを言っているというのでは、統一した政党として国民にたいする責任をはたせませんから、この種の問題ではこの規定が重要であります。
この説明をよく読んでいただきたい。この説明は、驚くべきことに、「個々の党員」について何も言っていない。「中央はこう言ってるが、地方の党組織は別のことを言っている」というのではまずいのはその通りであるが、「個々の党員」の意見発表まで封じることについては、まったくその理由が提示されていない。このことは、「全党の行動の統一をはかる」という前提からは、けっして個々の党員の意見表明まで制約するという結論は出てこないことをはっきりと示している。
以上述べたことから、個々の党員の意見表明まで制約する根拠がないことはわかった。しかしそれでも、個々の党員が好き勝手に公的な場で独自の意見を発表するのはまずいのではないか、と心配する人もいるだろう。そのような危惧は一定理解できる。その点に関して、私たちは2つの対案を提示したい。
1つ目は、個々の党員が個人的に意見を発表する場合、「全党の行動の統一をはかる」という基準に反しない形での意見表明のルールを遵守すること、である。そのルールとして考えられるのは、たとえば、党全体の見解を歪めることなく知らせ、自分個人の意見と党の正式見解とを誤解の余地なくきちんと区別すること、党の基本政策に直接反する行動を呼びかけないこと、などであろう。
2つ目は、党として日常的な公的議論の場を保障することである。日刊『赤旗』の「学習党活動版」をたとえば週に1度は、党員から寄せられた意見を発表する場にするとか、党のホームページを利用することも考えられるだろう。現在の党の最大の問題の一つは、このような議論の場をまったく保障することなく(3年に1度の党大会の前に、わずか1ヶ月半だけ、しかも2000字だけ意見表明する権利しか保障されていない)、個々の党員の意見表明権を禁止しようとしていることである。
規約の建前は「議論をつくして決定する」ことになっているが、党内でどのような意見が出ているのかを個々の党員がまったく知ることができないで(一般の党員は、普段、自分の支部で出た意見しか知ることができない)、どうやって「議論をつくす」ことができるのか? 「議論をつくす」前提は、党内でどのような議論が出ているのかを知ることである。ところが、現在の党内システムは、たまたま自分の所属する支部内で出た意見しか知りえないようになっている。これでは、とうてい「議論をつくす」ことなどできはしない。
つまり、個々の党員の意見表明権を保障することは、実は、規約が民主集中制の建前としている「議論をつくす」ことの大前提なのである。ところが、党指導部は、党として党員の意見表明の場を保障することなく、個々の党員の「勝手な」意見表明を禁止することで、事実上、「議論をつくす」ことを不可能にしているのである。