この「雑録」は、日本共産党とその周辺をめぐる動きの中で、短くても論評しておくべきものを取り上げて、批判的に検討するコーナーです。
7月1日に行なわれた全都党・後援会決起集会において、わが党の不破議長は今回の都議選についての総括報告を行なっている。6月29日の都道府県委員長会議での報告の全文は何ゆえか『しんぶん赤旗』に掲載されていないが、今回のこの報告は7月3日付『しんぶん赤旗』に掲載されている。その中で述べられている論点のいくつかはすでに、今号掲載の座談会で解明されているので、ここでは、座談会で触れられなかった問題についてのみ論じる。
数字のマジック
不破議長は、今回の大敗北の実態を覆い隠そうと、いくつかの数字を挙げている。いわく、昨年の総選挙比例区での得票率よりも伸ばしたのは野党では共産党だけ、絶対得票率は0・7ポイントしか減らしていない、等々。共産党がなぜ総選挙比例区の得票率よりも今回の都議選の得票率が高くなったのかについては、すでに座談会で解明されている。さらにつけ加えれば、社民党は昨年総選挙の比例区で6・6%の得票率を得ている。今回の都議選において、社民党はほとんどの選挙区で候補者を出さなかった。そのため、今回の都議選の得票率はたったの1・4%に激減している。問題は、この差である5・2%分の得票はどこに行ったのか、である。共産党は、昨年総選挙の比例区得票率よりも1・3ポイントしか得票率を伸ばしていない。この増えた1・3ポイントのほとんどは、昨年、社民党に投じられた票から来ていることは間違いない。しかし、この数字は、社民党が失ったポイント数よりもはるかに少ない。減った社民党票である5・2%分の得票の4分の1しか共産党は獲得しなかった。こちらの方がよっぽど問題ではないか。
不破議長は、昨年の総選挙得票率よりも多くなったという一点だけに固執して、「政党の力関係のうえで新しい前進の方向をきり開いた」などという総括をしている。これこそ、科学とも分析とも無縁な小手先のごまかし総括である。
また、不破報告は、公明党が民主党に票を回したことを裏づけるために、各選挙区の票の出方についてずいぶん細かい分析をしている。不破氏お得意のそのような細かい数字分析は、共産党にとって不利になる問題では行使されなかったようだ。公明党が候補者を出した選挙区と出していない選挙区における民主党の得票率を調べる能力があるなら、なぜ、社民党ないし革新無所属の候補者が出ている選挙区と出ていない選挙区における共産党の得票率を調べなかったのだろう。
「是々非々」論を全面的に正当化
今回のこの報告の中でとりわけ驚くべきなのは、石原都政に対する「是々非々」論が全面的に正当化されていることである。これほどの大敗北を喫した直後の総括報告ですら、いかなる主体的反省もなく、ひたすら自己正当化に終始するわが党指導部の不誠実さには、本当にあきれる。
不破議長は、この報告の中で石原都政について次のように述べている。
しかし、現状は自民党都政の時代とは違うわけです。自民党都政の時代には、「冷たい都政」は、自民党政治の都政での現われそのものであり、それへの正面からの批判は、自民党をはじめ、「冷たい政治」に同調する政党への批判にそのままつながりました。しかし、石原都政は、ともかく都民の自民党批判の流れを受けて、「無所属」を名乗り、自民党政治の枠内に入らない一定の政策も実行している、そういう都政に対する批判ですから、こういう批判だけの説明では割り切れない問題があるのです。
とんでもない評価ではないか! 石原が2年前の都知事選挙において、自民党候補者と対立する形で出てきたのはその通りである。だが、石原が都知事に就任してからは、東京都の自民党は全面的に石原応援団となり、今回の都議選でも、主要候補者はみな石原との連帯をうたい、石原といっしょにうれしそうに写真をとり、それを自分たちの宣伝物に入れていた。小泉内閣が成立してからは、小泉との写真も入れるようになった。表は石原と笑顔で握手する候補者の写真、裏はやはり笑顔で小泉と握手する候補者の写真というビラも多く出された。また、座談会でもすでに述べられているように、自民党の一番重要なポスターは、「石原知事と共に改革断行」というものである。東京都自民党、小泉内閣、石原都政、この3者の密接な結びつきはまったく明らかである。
たしかに、石原都政の政策には、従来の自民党政治の枠を出るものもあった。だが、それはどちらの方向に向けての突破なのか? それは、自民党政治を右から突破する政策である。シルバーパスの全面有料化も、老人医療助成(マル福)の縮小・廃止も、各種の公費医療制度の本人負担導入も、これまで自民党都政がやりたくてもできなかったことである。防災の名を借りた自衛隊の治安訓練も、タカ派の自民党都政でもできなかった暴挙である。三国人発言も、自民党ですらできなかった暴言である。つまり、石原都政こそまさに、小泉内閣に象徴されているような新しい自民党政治、すなわち、弱者いじめも軍事大国化も従来の自民党政治の枠を越えようとする新保守主義政治を先取りしているのである。
ちなみに、共産党が評価している政策も、その実相をよく確かめるべきだろう。ディーゼル車の排ガス規制は、今日ほど環境汚染されている時代においては、いずれはそれへの対応を迫られる問題であり、別に従来の自民党政治の枠を出るものではない。また大銀行への外形標準課税は、単純に支持することのできない性質のものである。そもそも、最終的な利潤にではなく人件費などの経費を差し引かない「粗利益」に税金をかける外形標準課税は、財界が最近、その新自由主義政策の一環として執拗に要求している税制度である。ほとんどの中小零細企業は人件費の割合が大きく、赤字を出している。外形標準課税が普遍的に適用されれば、ほとんどの中小零細企業にとってはとてつもない大増税になる。他方、多くの大企業にとってはこれは大幅な減税になる。たしかに、外形標準課税は、中小企業保護的な従来の自民党政治の枠を出るものである。しかしこれも、右に、新自由主義の方向に出るものでしかない。
以上の不破報告を読めば、共産党の「是々非々」論が、石原を支持している選挙民対策というマヌーバー的なものというよりも、共産党中央が本気で石原都政をそれなりに評価している結果であるということがわかる。この不破報告には、自衛隊による治安訓練の問題も、「三国人」発言についても、まったく触れられていない。石原に対する批判としてはただ「福祉切り捨て」だけしか言われていない。これが本当に左翼政党のとる態度だろうか?
参院選はどうなる?
不破報告は、今回の都議選をふまえて、「参院選を攻勢的にたたかいうる条件を、政党間の力関係の面できずいた」としている。たしかに、小泉改革路線の登場によって、民主党が完全に埋没し、野党の中で相対的に共産党が浮上しうる条件が存在するようになったのは間違いない。今回の都議選の結果は、このことをよく示している。しかし、それは、全体として野党が与党に対して沈んでいるという条件の中での相対的浮上にすぎない。つまり、野党が全体として得票を減らすが、その中で最も減らすのが民主党で、共産党の減り方は相対的に弱い、という程度のものである。
しかし、さらに注意すべきは、社民党の存在である。共産党は今回の都議選では、ほとんど社民党を無視することができた。しかし、比例代表選挙でたたかわれる参院選ではそうはいかない。この間の共産党の右傾化路線は、共産党と社民党との差を著しく縮め、革新野党としての共産党の存在意義を大きく損なった。共産党も社民党も、その革新性においてさほど大きな違いがないとすれば、官僚的で独善的で抑圧的な共産党よりも、市民派重視の社民党に入れようとする有権者は多くなるだろう。95~98年に社会党から共産党に流れた票が、その後はしだいに社民党に戻りつつある。民主党との関係では浮上できても、社民党との関係では逆に埋没しかねない。もっとも、すでに昨年の総選挙でかなり票が共産党から戻ったので、社民党もこれまでどおり得票が増えると思ったら痛い目に会うだろう。
さらに、次の参院選挙では、社民党のみならず新社会党も競争相手となる。新社会党は比例区で立候補するだけでなく、東京選挙区でも沖縄社会大衆党の新垣を出してくる。これまで共産党は、唯一革新としての特権的地位を享受することができたが、これからはそうはいかない。
重要なことは、民主党に対する批判を従来よりは少し増やすとか、かつての野党連合政権案には極力触れないようにする、といった小手先の転換ではない。必要なのは、率直で誠実な自己分析と自己批判をともなった本格的な転換である。