『さざ波通信』第25号

なぜ憲法違反の武力行使を批判しないのか

 周知のように、昨年12月22日、鹿児島県奄美大島沖の公海上(日本の排他的経済水域)を航行中の国籍不明船を海上保安庁の巡視船が停戦命令を出して追跡、さらに停船・捕かくするための威嚇射撃や船体への射撃を行ない、交戦状態となって国籍不明船が沈没、乗組員十数名が行方不明ないし死亡するという事件が発生した。
 海上保安庁の巡視船による公海上での武器使用、船体への危害射撃と沈没、国籍不明船の乗組員が1人も救助されないなど極めて異常かつ憲法違反の蛮行ともいうべきこの事件について、日本共産党指導部もまた極めて異例なことに完全沈黙し、『しんぶん赤旗』も商業マスコミ以下の乏しい客観報道に終始した。政府・与党が、法的に「問題はない」、銃撃も「やむをない」と繰りかえし、またこれに乗じて有事法制の整備を語り始めるなど政治的にも極めて重大な事件として扱っているにもかかわらず、である。
 なおこの事件で、社会民主党は、12月25日に正当にも、「公海上での船体射撃を可能とする法的根拠が極めてあいまい」「沈没後の不審船乗組員に対する救助に問題はなかったのか」「公海上での武器使用がわが国の警察権の範囲内にとどまるものなのかは極めて疑問」「社会民主党は政府に対し、今回の事件の持つ重要性にかんがみ、事件に関わる問題点の全容解明に向けてすべての情報の開示を求めるとともに、関係各委員会での閉会中審査の開催を強く要求」といった中西績介(国会対策委員長)氏の声明を発表している。
 年が明けて、国土交通委員会の国会閉会中審査が行なわれたが、ここでもまた、共産党幹部でもある大幡議員は、お座なりに近い質問しか行なわず、翌11日付の『しんぶん赤旗』も大幡議員の質問と政府答弁を「客観報道」するに徹した。これによると、大幡議員が政府を批判したのは、「有事立法を制定しようとする議論が出てきている」ことに対するものだけである。
 こうして共産党は、昨年の海上保安庁改正法への賛成に続き、この事件への対応でも、護憲・革新勢力に対する裏切行為を重ねた。われわれは、今回の海上保安庁・政府の蛮行とそれに乗じた有事法制の企てを断固糾弾するとともに、この問題について思考停止してしまった共産党指導部に対しても厳しく批判するものである。

停船命令に法的根拠なし

 この事件に際し、海上保安庁はまず、排他的経済水域漁業法に基づく停船命令を出したとされている。だが、漁業操行せずに公海上を航行しているだけの国籍不明船に対して、そのような停船命令は出せるはずがないし、出したとしても法的拘束力はなく、国籍不明船がそれに従う必要はまったくなかった。したがって、その行為が「不審」であったのは、停船命令に従わなかった国籍不明船ではなくて、それを追跡した海上保安庁の巡視船の方だと言わなければならない。
 しかも『朝日新聞』(12月26日付)の報道によれば、「海保は、不審船か否かを判断するために、まず巡視船『いなさ』を接近させ、外観調査とともに停船命令を発した。だが、同船が停船命令に従わず、午後2時ごろにはジグザグ航行や体当たりなどをしたことから、何らかの目的を持った不審船と断定した」とされている。つまり、停船命令は、排他的経済水域に適用される漁業法違反によるものではなく、「不審船」かどうかの判断のためだったというのである! 海上保安庁が、犯罪行為の恐れのある「不審船」と判断し立入り検査などの取締行為をすることは、法的には日本領海でしか認められないはずである。日本の主権が及ばない公海上の船舶に対してそれを行なうことは明らかな越権行為である。

憲法違反の武力行使

 さらに、12月26日付『朝日新聞』によれば、「海上保安庁が不審船と確認した直後から、同船が重火器を積む『武装船』とみて、停船・捕そくのための行動計画を策定していた」ことが明らかにされている。そして、その計画に基づいて、停船命令、威嚇射撃、船体射撃を行なった。つまり、「武装船」であるとして交戦も想定の上で、公海上で武力を行使したのである。こうして合計4回行なわれた船体射撃については、海上保安庁法の20条1項で、警察官職務執行法7条に準じることを定めた部分(犯人の逃走防止のためや正当防衛など、武器使用の条件を定めている部分)に基づいた適法なものだと政府は説明しているが、法的拘束力の及ばない領海外ではそのような説明は意味をなさない。そもそも、停船命令や追跡自体が何の法的根拠ももたないことも考慮に入れるなら、それはまさしく憲法違反の武力行使であり、戦争行為であろう。
 海上保安庁の任務は、日本領海における海上警備、犯罪抑止である。ところが、国会の閉会中審査における政府答弁でも、「不審船」の違法行為は何ら証明されていない。何の違法行為もしていない公海上の船舶に対して、一方的に停船命令を出し、それに従わないからと理由で武力行使するとはムチャクチャであり、法治国家の行なうことではない。それは警察行為の逸脱どころか、犯罪を取り締まる立場にある海上保安庁自身が、国際法上の重大犯罪を侵しているのである。

政府の「不審船」捕そく政策

 ではなぜ、海上保安庁はこれほどまでに強硬な対応をしたのか?
 それは、直接的には、99年に能登半島沖で「不審船」を「取り逃がした」経験を繰り返すまいとする海上保安庁の過剰反応にあったと言える。そのことは、国土交通省が12月22日午後11時に行なった記者会見で、担当課長が「前回国民の皆さんから強い批判を浴びたことが頭にあり、厳正に対処しようと思った」(12月23日付『毎日新聞』)と述べたことからも明らかであろう。
 また、99年の能登半島沖の「不審船」事件(「不審船」が海上保安庁の威嚇射撃や、海上自衛隊の警告射撃などを振り切って日本領海から逃走した)のあと、政府が海上保安庁の巡視船の装備・武器などを強化し、海上自衛隊との共同対処などによって、「不審船」を捕そくするという政策を打ち出していたことが背景にある(なお、海上保安庁の装備強化については、日本共産党も必要だと主張し、当時「不審船」事件での政府の対応を厳しく批判した社会民主党でさえその必要を認めていた)。昨年秋の臨時国会で、船体射撃をして相手に危害を加えても違法とならないよう海上保安庁法と自衛隊法が改悪されたのも、その一環であった。政府は、不審船を見つけた場合、強硬な対応をとるための態勢づくりを進めていたのである。
 繰りかえして言うが、海上保安庁の任務は、日本領海の警備、犯罪行為の抑止である。国籍不明船による領海侵犯や犯罪行為の恐れがあったとしても、犯罪が行なわれないように領海から排除できれば、警察行為としては十分であり、武装強化の必要はまったくない。現状でもむしろ過剰武装だということが、今回の事件で示されたと言える。こうした政府の不審船捕そく政策こそ、憲法の平和主義に照らして検証・追及されなければならないのである。
※ところで、わが党の大幡議員は、閉会中審査の質問の中で、この問題における自衛隊活用に関して、「自衛隊活用の必要性をなにひとつ示しえず、海上保安庁で十分対応できることを示した」などと述べているが、このような主張は、まったく自衛隊活用についての批判とはなりえない。なぜなら、今回の事件は、海上自衛隊を出さなかったのではなくて、日本の領海外であったため、そもそも「海上警備行動」を発令することができなかったのであって、「不審船」が領海侵犯していたのであれば、「海上警備行動」が発令されていたに違いないからである。

救助活動は適切に行なわれたのか?

 最後に、国際法にもとづいて適切な救助活動が行なわれたのかどうかという問題がある。
 12月24日付『朝日新聞』は、当時の天候状態による救助活動の困難とともに、「武器を持っているかもしれない。引き揚げてから自爆されたり、巡視船を傷つけられたりするかもしれないと考えると、慎重にならざるを得なかった」という関係者の発言を紹介している。自爆テロを恐れて躊躇したというのである。
 もっとも、この発言だけをもって、救助活動を怠ったと非難することはできない。しかしながら、この発言に端的に示されているように、今回の国籍不明船は初めから北朝鮮籍とみられており、それを裏付ける間接的な証拠(死亡した乗組員の所持品)もあがっている。そして北朝鮮籍の「不審船」であることが、政府にとって、今回の強硬対処の無法ぶりの免罪符とされている。だが、国籍がどこであろうと、海上保安庁・政府による今回の無法行為は許されず、政府とその担当省庁の責任者は厳しく罰されなければならない。
 また、以上のような問題があるにもかかわらず、わが党指導部がだんまりを決め込んだことには驚きを禁じえない。党指導部で進行中の右転落はそれほどまでに進行しているのか? われわれはこの事件の対応について党指導部を厳しく批判するとともに、今後も指導部の動向を監視していくものである。

2002/1/15 T・T編集部員

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