不破講演の民族主義的本質――岩本兼雄氏の投稿への反論

2、1300年について

 次に岩本氏は、日本の1300年の歴史の中で外国の従属国になったのは初めてだという不破氏の「悲憤慷慨」に対するわれわれの批判を引用して、次のように批判している。

 これは批判であろうか? 
 貴紙がいいたいことは、自国の従属ばかりいい、侵略した事実にふれないのはけしからんということなのであろうが、一つの講演であれを言ってこれをいわないということが批判になるのか? 不破氏の民族主義(?)を批判する論拠にできるのか?
 けしからんというようなことは批判とはいえまい。

 まったく同じ問いかけをわれわれもせざるをえない。「これが批判だろうか」と。われわれが問題にしているのは、一つの講演で、あれを言ってこれを言っていないという水準のものではない。われわれが問題にしているのは、まさに不破氏の1300年の「悲憤慷慨」の本質である。
 まずもって、あたかも「日本」という統一した「国家」が1300年前から存在していたかのような前提に立って「初めての従属」を言うこと自体、怪しげな「国民の歴史」的発想以外の何ものでもない。さらに、戦後の対米従属という優れて現代的な現象を、「近代国家」自体存在していなかったはるか過去と比較して「初めて」を云々するのも、同じくナンセンスである。また、大和民族=日本と見るのでないかぎり、「従属」の「始まり」について語れないはずである。1300年の長い歴史の過程で、現在日本領土とされている多くの地域に住んでいた諸民族が残虐に侵略され、「従属」させられた。アイヌ民族はその代表格であろう。
 一つの講演でアイヌ民族の悲劇についても語れと言っているのではない。そうではなく、日本と呼ばれている地政学的領域の歴史について多少なりとも批判的な認識を持っていたならば、「1300年の歴史の中で初めて外国の従属国に転落した」などという無邪気な言い方は絶対にできなかっただろう、と言いたいのである。この点について岩本氏はどう考えるのか。

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