住基ネットと政府自民党のIT戦略の本質(インタビュー)

インタビュアー 赤ちゃんからお年寄りまで国民全員に11桁の住民票コードを割り当て、全国の住民基本台帳記載データをネットで結ぶ住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)が、その「前提」である個人情報保護法制のないまま今年8月5日に稼動されました。それに対し、個人情報の保護という観点から、批判や不安の声が高まり、自治体レベルでの住基ネット接続拒否や延期、住民コードの受け取り拒否などさまざまな形での抵抗、反対運動も拡大しています。
 本来なら編集部としてきちっとした論文を出すべきところですが、編集部員の都合もあり、時宜を逸するよりは不十分なままでもいこうじゃないか、ということで、この問題に比較的明るいと思われるT・T編集部員にインタビューという形になりました。
 さっそく質問なんですが、そもそも住基ネットの稼動自体が寝耳に水といった感があるのですが?

T・T そうかもしれませんね。これは、小渕・森内閣の時期に「国家戦略」として策定された一連の「IT革命」政策の一環なんですが、その際、地方自治体すらカヤの外におかれ、政府と財界が中心となってトップダウン方式で決められたのです。そのため、地方自治体も対応が後手にまわり、あまり大きな問題として扱われなかった経緯があります。

インタビュアー 政府・財界によるトップダウン方式だから対応が遅れたと言いますが、これまでにも行政改革や教育改革という名目で福祉や教育が切り捨てられてきたのは同じやり方だったと思うのですが?

T・T ごもっともな意見です。当時、共産党もこのトップダウン方式ゆえにIT基本法など一連の政策に反対したのですが(ちなみに、住基ネットの構築を決めた法律「住民基本台帳法の一部を改正する法律」は民主党、共産党、社民党が反対しています)、政府や財界の狙いを暴露するといったキャンペーンの展開は行ないませんでした。それは、そのときだけの問題ではなく、そもそも新自由主義「改革」に対する批判が弱かったことと関連しています。

インタビュアー そう言えば、昨年の『さざ波通信』でT・Tさんが政府のIT政策と対決しようという問題提起をしましたね。政府のIT政策にはどんな問題があるのでしょう?

T・T いま言われた雑録記事を書いたきっかけとなったのは、澄空さんの投稿でした。その中には非常に重要な問題提起が含まれていました。今一度確認しておきましょう。
 第一に、小渕・森内閣について、橋本改革に対する批判の高まりにおされて構造改革を一時凍結し、従来型のバラマキ公共投資をしたという点で「息継ぎ内閣」だったという見方に疑問を投げかけたことです。実際には、両内閣は中長期的な「国家戦略」をたて、それにそった投資をして小泉改革を準備するという性格をもっていたわけです。
 第二に、その国家戦略が、主として公共部門のIT化による「行革」や民間資本の導入などを狙うものであることを指摘したことです。これこそはまさしく小泉改革の大きな柱となっているものです。
 第三に、それらに対する共産党を含む対抗勢力の分析が弱いのではないかという指摘です。
 私はそのとき、共産党も「IT神話」にとりつかれているから政府や財界の狙いが見えないのではないか、と推測したのですが、現在はむしろ党の力量の低下や右傾化、新自由主義改革に対する中途半端な態度に本質的な問題があると考えています。いずれにせよ私のとりあげ方に問題があったため、その後、「IT批判するよりその民主的活用を訴えてほしかった」といった議論が出て、「IT革命」に対する見方そのものの議論の方に流されてしまいました。もっとIT化による「行革」、「規制緩和」、民間資本の導入といった財界の狙いを暴露することに力をさくべきでした。

インタビュアー なるほど。その公共部門のIT化政策の全体像はどうなっているのでしょう?

T・T 大きく分けて3つの分野でIT化がすすめられています。
 1つめは、住民・国民と行政の間の関係のIT化で、情報公開や電子投票、各種手続きの電子化、住基カード(ICカード)の活用などがこれに含まれます。
 2つめは、民間企業と行政の間の関係のIT化で、公共事業や調達の電子入札、各種認可申請や届け出の電子化といったものがこれに当たります。
 3つめは、省庁間あるいは省庁内部の行政事務のIT化で、行政文書の電子化・データベース化、ネットワーク化といったものです。これらを統合する形で、住基ネットを「基盤」とした「電子政府・電子自治体」が構想されているわけです。

インタビュアー そうすると、住基ネットだけを切り離してみるのは適切ではないかもしれないのですが、その目的は何なのでしょう?

T・T 住基ネットの目的は、管轄官庁である総務省の説明によれば、「住民サービスの向上、国・地方を通じた行政の合理化を図るため」となっています。このうち「住民サービスの向上」は例をあげて説明されていますが、投入される多額の税金にみあったものとは言い難いもので、これは導入の口実にすぎません。「行政の合理化」の方は、実際に市町村の統合などの形ですでに進められており、IT化によっていっそう進められることは間違いないところだと思います。

インタビュアー しかし、「行政の合理化」には疑問の声もありますね。OA化や情報化によってペーパーレスになると言われたのに結果的には紙の使用量が増えたのと同じで、行政事務の効率化もできないんじゃないか、従来のシステムに加えて新システムが稼動すれば自治体労働者の負担が増えるじゃないか、と。また『毎日新聞』のサイトにも、住基ネットは、行政事務の合理化にならないんじゃないかという検証記事があったと思います。

T・T 自治体労働者の負担が大きくなるのは、それはあくまでシステム導入期の問題でしょう。それに、そのたとえもおかしくありませんか? 公共部門のIT化でも紙の使用を減らすことがうたわれていますが、もちろんペーバーレスにはなりません。比較すべきは、民間企業における事務労働の情報化が、「効率化」「合理化」をもたらさなかったのか、ということです。事務労働の情報化で、労働の標準化・画一化がすすみ、労働管理の強化や事務労働者のパートタイム化などが進んだのではないでしょうか? それと同様に、公共部門でも標準化された労働の強化や民間委託といった形でコスト削減がすすめられるでしょう。それがIT化による「合理化」の意味するところではないでしょうか。

インタビュアー なるほど。住基ネットだけにとどまらず、公共部門のIT化全体をみれば、これが非常に広範なものになることが予想されますね。
 住基ネットの問題点としては、さらにプライバシーの侵害や、個人情報の国家管理や治安対策、民間利用などが指摘されていますね。

T・T そうです。それらは実に重大な問題で、個人情報保護法制がたとえ成立したとしても、本質的な解決にはなりません。とくに、昨年の9・11事件以後、政府によって治安対策の強化が狙われている現状にあっては、住基コードの国民総背番号としての役割は極めて重大な意味を帯びてきます。また、今のところ民間利用は否定されていますが、今年の通常国会で審議先送りとなったものの、早くも住基ネットを利用できる事務を増やす法案を政府・与党が提出しており、その利用が拡大されていくことは間違いありません。いずれ民間委託や民間利用といった問題も出てくることでしょう。
 また、IT化全体で言えば、「効率化」「民間資本の導入」以上に、重大な問題があります。それは、行政事務の「規制緩和」です。IT化によって地方自治体の行政事務の標準化が進められていますが、その目的は建築規制のような地方自治体によって手続きが異なるものを画一化することにあります。そうすることで、それぞれの地方が住民の立場から独自に行なってきた規制をとっぱらってしまおうというわけです。これは地方分権に逆行するものばかりでなく、そもそも地方自治に反するものです。

インタビュアー いずれも重大な問題ですね。それらに対抗していくにはどうしたらいいのでしょう?

T・T 1つは、政府・財界が公共部門のIT化で何を狙ってどんな計画をもっているのかを暴露していくことです。とりわけ『しんぶん赤旗』には、もっと努力してもらいたいものです。
 もう1つは、自治体が政府に追随せず、本来の地方自治の役割を果たし、それぞれの住民の要求から政府のIT政策を判断することです。住基ネットの接続拒否も一つの方法です。現在、住基カード(ICカード)の実証実験などがいくつかの自治体で行なわれていますが、その中で例えば、免許証をもたない人にとって住基カードは役に立つという声があがっています。しかし、それは住基ネットを前提する必要はなく、住民の要求にそった対案は十分出せるはずです。そのためには、この問題での地方議員の追及や提案といった努力も要求されるでしょうし、住民レベルでの地方自治への参画を通じた運動を作ることも求められるでしょう。

インタビュアー ところで、この住基ネットについて、共産党は個人情報保護法制さえ整えば賛成なのではないかという意見がありますが?

T・T そういうことはありません。中央サイトに住基ネット関連の記事を集めたページがあります。志位委員長も、政府が約束した個人情報保護法制さえ整っていないではないかという批判をしていますが、それが整えば賛成だとは言っておらず、住基ネットの中止を呼びかけています。ただ、自治体レベルや末端の党員レベルで動きが鈍いという批判は、たしかにその通りです。革新自治体が積極的に範を示すべきだろうと思います。
 いずれにしても、現在マスコミもこぞって住基ネットの問題を大きく取り上げ、反対運動も拡大しており、政府・与党を追い詰めるチャンスでもあります。すべての党員のみなさんが闘いに参加するよう編集部としても訴えたいと思います。
 最後に、参考になるサイトを紹介しておきます。昨年、澄空さんが投稿で紹介していたサイト「自治体情報政策研究所」は、豊富な資料や管理人による「電子自治体政策批判」論文などが掲載された非常に有益なサイトです。『しんぶん赤旗』も、そのサイトの管理人(黒田充氏)にインタビューを行なって、「住基ネット―背景に『電子政府・自治体』構想」(8月4日付)という記事を載せています。

インタビュアー 今日はどうもありがとうございました。

(2002.9.11)

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