綱領改定案と日本共産党の歴史的転換(上)

17、日本の帝国主義的復活の否定(1)
――これまでの立場

 次に、綱領改定案は、アメリカによる対日支配の実態に続いて、日本独占資本主義の実態について述べている。この部分における最も重大な改悪は、現行綱領における日本の帝国主義的復活・強化に関する記述が削除されていることである。
 この問題を論じるにあたって、まず、この問題に関するわが党の長い歴史を簡単にでも振り返っておかなければならない。なぜなら、不破が今回あっさりと否定した「日本の帝国主義的復活」の問題こそ、わが党が綱領論争からはじまって、最も熱心に論じてきた最重要問題の一つだからである(若き不破も兄の上田耕一郎とともに、この論争に熱心に参加している)。この「改定」は、天皇問題と並んで、今回の綱領改定案の反動的本質を最も如実に現わすものとなっている。
 まず、61年綱領の制定時の論争からはじめよう。このとき、最も問題になったのは、日本は発達した独占資本主義国でありながらアメリカ帝国主義の従属下に置かれた国なのか、それとも、アメリカ帝国主義へのある程度の従属性を持ちつつも、基本的には自立した帝国主義国なのか、という問題であった。当時にあっては、「帝国主義的復活の完了」=「自立帝国主義化」というドグマが優勢であったために、宮本率いる日本共産党主流派は自立帝国主義化を拒否するために、日本に帝国主義という規定を当てはめず、あくまでもアメリカ帝国主義への従属のもとで「帝国主義的・軍国主義的復活」の過程にあるという立場をとった。

 「帝国主義的復活の完了とか、帝国主義的自立ということは、何を指標として言っているのでしょうか。さきにのべたように、独占資本主義=帝国主義という意味なら、日本は独占資本主義といえる段階だから帝国主義国といえます。しかし、問題は、とくに世界を変革する革命の見地から、日本の現状をどう規定することがより正しいかという見地から出発するならば、独占資本主義の段階に達している日本で、自立的な帝国主義的侵略国という側面が主になっているのか、それとも事実上の従属国の状態が主な側面になっているのかをはっきりさせることが重要です。日本の帝国主義的復活が完了したか、否かの論議は、独占資本主義の段階にあるか、否かと同じ意味の論議ではありません。主たる側面が、他民族を抑圧する侵略的な帝国主義国として復活したか、否かの論議であります。
 この見地から、草案は、日本を帝国主義的に自立しているとはみなしておらず、対米従属状態のなかで帝国主義的軍国主義的復活の過程をとりつつあるとみています」(宮本顕治「綱領(草案)について」、『日本革命の展望』上、132頁)

 この論点は、単なる現状解釈の問題ではなく、革命の実践的課題と密接に結びついていた。自立帝国主義と規定することは、アメリカ帝国主義の支配の打倒という課題が戦略的な課題、あるいは権力論的課題ではなくなり、日本の従属状態からの脱出は権力の移行なしでも達成できる単なる戦術的課題ないし単なる政策的課題に矮小化されてしまうことになるからである。それはアメリカ帝国主義の侵略性に対する過小評価につながると宮本は主張した。
 以上の点からして、当時、党主流派が、日本を「高度に発達した資本主義でありながら、アメリカ帝国主義に従属した国」と規定し、「アメリカ帝国主義への従属のもとで帝国主義的・軍国主義復活」の道を歩んでいるとしたことは、基本的に正しかったといえる。とりわけ、当時の日本はまだ、憲法と戦後民主主義運動の制約もあって、帝国主義と呼ぶにふさわしい経済的土台(資本の大規模な国際的展開、労働運動全体を堕落させることのできるほどの資本蓄積と安定した労働者統合システムの確立、など)も、政治的上部構造(体系的な弾圧立法・機構の整備、帝国主義戦争の遂行を可能とする軍事力の確立、有事法制、自衛隊の海外派兵、主要な社会主義政党の社会帝国主義政党への変質、など)もまだ不十分であり、その点からしても日本を「帝国主義」ないし「従属帝国主義」と規定することは時期尚早であった

 ※注 もっとも、「従属帝国主義」という用語を、政治・経済・軍事の全般にわたって帝国主義的特徴を持つに至った独占資本主義国が他国の帝国主義に従属している状態として一国的に定義するのではなく、自国において欠けている経済上・政治上・軍事上の帝国主義的条件を他国の帝国主義によって従属的に代行してもらい、その帝国主義国を目下の同盟者として政治的・経済的・軍事的に支え補完している独占資本主義国として、多国間的に定義するならば、61年当時でも日本を「従属帝国主義」と規定することは可能であったかもしれない。

 この綱領確定以降、わが党は、日本の帝国主義的復活を国内情勢の主要な分析基軸に据えて、各大会で詳しく論じてきた。たとえば、第9回大会の報告は第1章「内外情勢」の第二節「国内情勢」で真っ先に「対米従属下の軍国主義、帝国主義の復活と諸矛盾の激化」を取り上げ、次のように述べている。

 「独占資本を中心とする日本の売国的反動勢力は、日本独占資本主義の急速な復活、強化に依拠して対米従属のもとでの軍国主義、帝国主義復活政策をいっそう強力に追求してきた。……
 日本における軍国主義、帝国主義の復活は、日本経済のいわゆる『開放経済体制』への移行と結びついて新しい進行を見せつつある。……
 日本独占資本はアメリカ帝国主義に対する従属・依存の道を通じて、その立ち遅れを取り戻し、軍国主義、帝国主義復活をはかり、海外膨張を遂げようとしている。こうして日本独占資本の主流は、アメリカ独占資本との矛盾が激化する中で、国際的規模でのアメリカ帝国主義の支配の弱化を利用し、自らの地位の相対的上昇をめざしながらも、主要な方向としては、依然としてアメリカ帝国主義との目下の同盟関係を保持し、アメリカ帝国主義のアジア侵略政策を補強しつつ、米日独占資本間の矛盾を人民の収奪と他民族の抑圧に転嫁し、アメリカ帝国主義との合作のもとに、戦争と侵略、抑圧と反動の方向を追求する道をとっている」(『前衛臨時増刊号 日本共産党第9回大会特集』、18~21頁)。

 第10回党大会、第11回党大会でも、報告や決議の相当な分量がこの問題に割かれている。あまりにも膨大なのでいちいち引用しないが、それらの文献を読めば、この問題がいかに党にとって重要なものであったかがわかるだろう。ところが、不破哲三が第11回党大会で新設された書記局の初代書記局長になり、その後の大会での報告担当者になると、日本の帝国主義的復活の問題はしだいに後景に退けられていくようになる。その間に、日本の独占資本の資本輸出はますます拡大し、日本は世界有数の経済大国となり、第三世界の他民族への抑圧国家としての相貌を強めていったのだから、この後退は現実の動向に真っ向から反するものであった。
 しかしながら、当時の共産党はこうした現実を公然と否定するような立場はさすがにとらず、第16回党大会決議では、日本独占資本は「その支配体制を擁護し対外進出をおしすすめる基本戦略として、対米従属関係の弱化と解消の方向ではなく、世界の帝国主義・独占資本主義の陣営の中で、アメリカ帝国主義の目下の同盟者の役割を経済・政治・軍事の全面でより攻勢的に果たす方向をいっそう強引に推進しつつある」(『前衛臨時増刊 日本共産党第16回大会特集』、54頁)と規定し、さらに1985年の第17回党大会での綱領改定では、この16回大会決議を踏まえて帝国主義復活に関する記述を強化する前向きの改定がなされた。
 改定のポイントは次の三つである。1、これまで帝国主義的「復活」とのみ記述されていたが、「復活・強化の道を進んでいる」というように「強化」という表現が補強されたこと、2、日本独占資本の帝国主義的特徴を経済面に限定する記述を改め、帝国主義陣営の中で軍事、外交、経済のあらゆる面で能動的役割をはたしているという記述に変えたこと、3、行動綱領の中に、「日本独占資本の帝国主義的対外進出に反対し」という一文を入れたことである。
 この綱領改定問題に関する大会報告を担当した吉岡吉典(当時、中央常任幹部会員)は、この改定について「日本独占資本が、おもに『アメリカ帝国主義の目したの同盟者』として、日本人民抑圧とともに、他民族を抑圧していることを重視していることを示すもの」だと報告の中で述べている(『前衛臨時増刊 日本共産党第17回大会特集』、128頁)。
 1985年のこの改定は時宜にあったものだった。なぜならちょうどこの年、プラザ合意を経て急速な円高が進行し、これまで輸出中心であった日本の独占資本が急速に多国籍的な海外進出を強め、円高不況を克服した後は、バブル景気の影響もあって、驚くほど大規模な多国籍企業化を実現したからである。そしてこの多国籍企業化にともなって、日本の政治・軍事面でもこれまでの制約を打ち破ってより本格的な帝国主義化の衝動が日本の独占資本の中で生じてきた。
 1985~87年の時期、円高不況と日本企業の多国籍化の問題は、日本共産党にとって最も重要な分析課題となった。工藤晃や有働正治などのすぐれた理論幹部がこれらの問題をめぐってかなり詳細な研究を行なっている。その中の一つで、有働正治は、第17回党大会の綱領改定とも結びつけつつ、日本の大企業の多国籍化について次のように総括している。

 「日本の大企業は米多国籍企業との共同の市場に対し進出を急速に強め、他民族の収奪、抑圧に大々的に乗り出していること、他国人民にとっても、アメリカと日本の多国籍企業が共通の敵であり、発展途上国の人民にとっても日本を含む発達した資本主義国にとっても、それに対する闘いが共通の課題であること」(有働正治「大企業の海外進出――多国籍企業化と米企業による統合」、『独占資本の新たな戦略――円高・産業“空洞化”を検証する』、日本共産党中央委員会出版局、1987年、140頁)。

 しかしながら、その後、この他民族抑圧としての日本企業の多国籍企業化の問題はあまり追求されなかったし、この多国籍企業化と密接に結びつけて日本の反動化、帝国主義化の問題が論じられることもなかった。日本独占資本の多国籍企業化は主として、日本経済の産業空洞化問題として、日本国民にとっての失業問題として論じられるようになる。これはわが党のきわめて重要な弱点の一つであった。とはいえ、綱領に日本の帝国主義的復活・強化の問題が明記されているかぎり、これは弱点の水準にとどまった。1994年の第20回大会におけるさらに大規模な綱領改定でもこの記述は基本的に残され、結局、現行綱領では次のような記述になっている。

 「日本独占資本は、海外市場への商品、資本のよりいっそうの進出をめざし、アメリカの世界戦略にわが国をむすびつけつつ、軍国主義、帝国主義の復活・強化の道をすすんでいる。日本独占資本は、巨大な資本蓄積を基礎として、工業製品および資本の輸出で、国際的に有力な地位をしめるにいたり、世界の帝国主義陣営のなかで、アメリカ帝国主義の目したの同盟者の役割を軍事、外交、経済のあらゆる面で積極的・能動的にはたしている。」
 「党は、アメリカ帝国主義と日本独占資本の利益を優先させる財政経済政策に反対し、経済の自主的平和的発展のためにたたかう。アメリカ帝国主義による貿易の制限を打破し、日本独占資本の帝国主義的対外進出に反対し、すべての国との平等・互恵の貿易を促進する。」

 以上が、この問題におけるわが党の歴史の簡単な素描である。

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