以下の一連の記事は、綱領改定案に関するトピックスでの論評を再録したものです。
(03.6.28)レーニン主義から最終的に決別した不破綱領
本日の『しんぶん赤旗』に、7中総における不破報告が掲載されている、その詳細については次号の『さざ波通信』で検討する予定だが、一言ここで言っておくと、この報告は現綱領にかろうじて残っていたレーニン主義の影響を完全に一掃し、国際情勢の変化という名のもとに、基本的に帝国主義論においてはカウツキー主義の立場をとり(支配層が偶然的にとる侵略的政策の総和としての「帝国主義」)、それ以外の点でも社会改良主義ないし社会自由主義の立場をとったものである。重要なのは、そうした転向がきわめて自覚的に行なわれているということである。帝国主義論に関する議論の中で、あえてカウツキー主義という言葉を持ち出しつつ、その立場に事実上立つことを明言している。
これまで、共産党より左の党派から、カウツキー主義、改良主義という非難が日本共産党になされていたが、そのさい常に共産党の側は、われわれこそが真にマルクス、レーニンの立場にたっており、その立場を発展させているのだと主張してきた。つまり、あくまでもマルクス、レーニンの立場が判断基準として位置づけられており、それを軸にした理論展開を行なうという構えを捨てていなかった。しかし、今回の綱領案と不破報告ではっきりしたのは、不破指導部がそのようなこだわりを捨て去り、自覚的にレーニン主義的なものと決別したということである。
言葉の上で「革命」「帝国主義」「権力」などという文字はかろうじて残っているが、それはすべてレーニン的意味ではなく、転向後のカウツキー的意味におけるそれでしかない(いや、労働者階級の権力を否定している点では、それ以上に自由主義的である)。言葉そのものを一掃しなかったのは、過去との連続性を信じたがっているお人好しの党員たちをだますためでしかない。この「自覚性」の点で、今回の綱領改定の試みは、これまでのなし崩し的改良主義化とは根本的に位相を異にするものである(愚か者だけが「大して違わない」と言うことができる)。
これは、もはや根本的に「共産党」を名乗る意味を喪失させるものであると言える。なぜなら、レーニン率いるボリシェヴィキが社会民主党と名乗ってきた歴史から転換して、「共産党」と名乗ったのはまさに、カウツキー主義からの完全な決別という意味を込めていたからである。その転換を自覚的に再否定して、レーニン主義的なものと決別したかぎりは、もはや「共産党」と名乗る意味はないからである。
それでもなお「共産党」と名乗るのは、戦前および宮本時代の共産党、すなわちスターリニスト的であったとはいえレーニン主義をアイデンティティとしていた時代の共産党の功績(侵略戦争に対する闘争、現代修正主義との闘争、ベトナム反戦などの国際連帯の闘争、等々)を利用しようとする目的からでしかない。
現在の党内力関係からすれば、今回の綱領案は次の大会でほぼ満場一致で採択されるだろう。それは疑いない。そしてそうなれば、それは、前回大会とセットで日本共産党の歴史における根本的な転換となるだろう。(S・T編集部員)