まず、現行綱領における行動綱領の最初の要求から見ていこう。
「党は、日米安保条約をはじめ、民族の主権をそこなういっさいの条約・協定の廃棄、全アメリカ軍の撤退と軍事基地の一掃のためにたたかう。党は、アメリカとの軍事同盟から離脱し、いかなる軍事同盟にも参加せず、すべての国と友好関係をむすぶ日本の平和・中立化の政策を要求してたたかう。党は、サンフランシスコ平和条約の主権を侵害する諸条項の廃棄をはじめ、日本の真の独立のためにたたかう。党は、歯舞、色丹および全千島の返還のため、平和的、外交的に努力する」。
これらの諸要求は、綱領改定案では「日米安保条約を、条約第10条の手続き(アメリカ政府への通告)によって廃棄し、アメリカ軍とその軍事基地を撤退させる。対等平等の立場にもとづく日米友好条約を結ぶ」「主権回復後の日本は、いかなる軍事同盟にも参加せず、すべての国と友好関係を結ぶ平和・中立・非同盟の道を進み、非同盟諸国首脳会議に参加する」「日本の歴史的領土である千島列島と歯舞・色丹諸島の返還をめざす」という表現になっている。
違いはまず第1に、「党は、サンフランシスコ平和条約の主権を侵害する諸条項の廃棄をはじめ、日本の真の独立のためにたたかう」という事項が取り除かれている。今回の不破報告でも「質問・意見に答える」でもこのサンフランシスコ条約にかかわる記述がすべて削除された理由について何も説明されていない。昔からの党員にとっては周知のように、サンフランシスコ条約第6条a項は日本への外国軍の駐留を認めており、党は一貫して、こうした条項をはじめとする反動的条項の廃棄を当然のこととして主張してきた。61年綱領以来、一貫してサンフランシスコ体制の打破を掲げてきたにもかかわらず、この問題が一言の説明もなく削除されるというのは、いったいどういうことなのか。
しかも、サンフランシスコ講和条約は北千島に対する日本側の領土権放棄を規定しており、それゆえ、全千島の返還のためにはサンフランシスコ条約の当該条項を破棄しなければならない、というのがわが党のこれまでの立場であった。綱領改定案でも千島列島の返還項目を残しながら、そのために必要なサンフランシスコ条約の「主権を侵害する諸条項の廃棄」という規定をなくすというのは、まるで辻褄が合っていない。
第2に、綱領改定案では、安保条約の廃棄に関して「条約第10条の手続き(アメリカ政府への通告)によって」という手続きが明記されている。
第3に、綱領改定案ではわざわざアメリカのみを出して「対等平等の立場にもとづく日米友好条約を結ぶ」という一文が入っている。
第4に、領土返還要求に関して、綱領改定案では「日本の歴史的領土である」という規定が加わり、現行綱領にある「平和的、外交的に」という規定がなくなっている。すでにトピックスでも述べたが、多くの重要な要求が削除されている中で、領土要求だけはしっかり残され、しかも、現行綱領よりもより断定的な表現になっていることは、不破指導部の姿勢をよく示しているといえるだろう。
次の要求は、「党は、人類にとって死活的に重要な緊急課題である核戦争の防止、核兵器廃絶を要求し、諸国民と連帯して核兵器全面禁止・廃絶の国際協定を実現するためにたたかう。党は、広島、長崎の被爆者への国家補償を要求する」となっている。これらの要求のうち、「諸国民と連帯して核兵器全面禁止・廃絶の国際協定を実現する」と「広島、長崎の被爆者への国家補償を要求する」が綱領改定案で削除されている。この後者の要求などは政権をとればすぐにでもできるように思えるが、何ゆえか削除されており、それについての説明もない。
次の要求は、「党は、全般的軍縮とすべての軍事ブロックの解体、外国軍事基地の撤去、真の集団安全保障体制の確立、社会制度の異なる諸国の平和共存をめざす」であるが、綱領改定案では「真の集団安全保障体制の確立」が削除され、「社会制度の異なる諸国の平和共存をめざす」が「社会制度の異なる諸国の平和共存および異なる価値観をもった諸文明間の対話と共存の関係の確立に力をつくす」となっている。
この後者の変更については微妙な問題を投げかけている。そもそも「社会制度の異なる諸国の平和共存」とは、資本主義諸国と「社会主義」諸国とが戦争という手段によって相手の打倒を目指すのではなく、国家間の関係としては「平和共存」を追求しながら、国内外の階級闘争を通じて資本主義諸国の打倒を目指すという立場を表現したものである。したがって、当然、「平和共存」政策は、「社会主義」国の政権党が、資本主義国の革命党および革命運動と連帯し、それを鼓舞し、必要に応じて支援するということを妨げるものではない。それどころか、真の「平和共存」のためには、そうした資本主義国内の階級闘争を抑制するのではなくいっそう発展させることが求められる、というのが従来のわが党の立場であった。
しかし、今日、おそらく「平和共存」は日和見主義的に再解釈されていて、各国同士が戦争を交えず、相互の内政に不干渉でいさえすればよい、という意味で受け取られている可能性大である。もしそうだとすれば、「異なる価値観をもった諸文明間の対話と共存の関係の確立」とは、「異なった価値観」をもつとされている文明内部の諸問題(典型的なのは女性の権利の抑圧や同性愛者の迫害や信教の自由の抑圧など)が看過され、黙認されるという事態を助長することになるかもしれない。外部からの軍事的解放という手段によってではなく、各国、各「文明」内部の被抑圧民衆の運動と階級闘争という手段によって、「異なった社会制度」および「異なった文明」内部の諸問題が解決されなければならないし、当然、共産党を名乗るのであれば、そのような闘争を積極的に支援し、それと連帯しなければならない。しかし、「野党外交」を最優先する現在の日本共産党においては、「共存と対話」の名のもとに、そうした連帯運動は視野の外に置かれてしまっている。
現行綱領における次の要求は、「党は、各国人民が自国の進路と運命を自主的に決定する民族自決権を擁護し、帝国主義、覇権主義によるこの権利のいかなる侵害にも反対する」であるが、綱領改定案では「帝国主義、覇権主義によるこの権利のいかなる侵害にも反対する」が削除されている。ここでも、「帝国主義」との闘争を回避しようとする現指導部の姿勢が顕著に示されている。ただし、綱領改定案には、国連憲章を基準にしたうえで、それを侵犯する「覇権主義の企て」に反対するという項目が新たに設けられている。あくまでも国連憲章を侵犯する試みだけが反対の対象なのであり、しかも「帝国主義」という言葉はしっかり回避されている。
次の要求は、「党は、新植民地主義的な国際経済秩序に反対し、すべての国の経済主権の確立、平等・公平を基礎とする新国際経済秩序の確立をめざす」であるが、綱領改定案では予想通り「新植民地主義的な国際経済秩序に反対し」が削除され、その代わりに「一部の大国の経済的覇権主義をおさえ」という表現が入れられている。北の帝国主義諸国による「新植民地主義的な国際経済秩序」ではなく、単に「一部の大国の経済的覇権主義」だけが問題である、というわけである。
次の要求は、「党は、地球的規模で環境と資源を破壊する多国籍企業などの無責任な利潤第一主義の行動に反対し、その国際的な規制をはじめ、地球の環境保全のために努力する」であるが、これは「多国籍企業の無責任な活動を規制し、地球環境を保護するとともに」という表現に簡略化されている。
次の要求は、「党は、『万国の労働者と被抑圧民族団結せよ』の精神にしたがって、労働者階級をはじめ、独立、平和、民主主義、社会進歩のためにたたかう世界のすべての人民と連帯し、人類の進歩をめざす闘争を支持する」であるが、この要求は、すでに述べたようにまるごと削除されている。「万国の労働者と被抑圧民族団結せよ」という左翼的なスローガンが今の共産党の保守的・官僚的精神と根本的にあいいれないことは言うまでもない。彼らが好む方式は「野党外交」であり、それは、「万国の労働者と被抑圧民族」を抑圧し収奪している各国の高級官僚や政権当事者と友好的に会談することにもとづいている。
次の要求は、「党は、憲法改悪に反対し、憲法の平和的民主的諸条項の完全実施を要求してたたかう。党は、日本人民の民主的権利をうばいさろうとするすべての反動的なくわだてに反対し、小選挙区制の廃止を要求する」であるが、綱領改定案では「憲法改悪に反対し」が削除され、「憲法の平和的民主的諸条項の完全実施を要求し」が「現行憲法の前文をふくむ全条項をまもり、とくに平和的民主的諸条項の完全実施をめざす」に改変され、「日本人民の民主的権利をうばいさろうとするすべての反動的なくわだてに反対し」が「国民の基本的人権を制限・抑圧するあらゆる企てを排除し」に変えられ、「小選挙区制の廃止を要求する」が削除され、別のところで「選挙制度……などの改悪に反対し、主権在民の精神にたったその民主的改革を要求する」となっている。憲法問題に関しては天皇制問題と密接にかかわるので第32章で改めて論じる。小選挙区制廃止要求が削られたことについても、次の要求の改変と関連するので、次の要求の検討に移ろう。
さて、次の要求は、「議会制度・地方制度・教育制度・司法制度などの改悪に反対し、主権在民の精神にたったその民主的改革を要求する」であるが、この要求は綱領改定案では「選挙制度、行政機構、教育制度、司法制度などは、憲法の主権在民と平和の精神にたって、改革を進める」に変わっている。「議会制度」が削除されて、代わりに「選挙制度」が入り、「地方制度」が「行政機構」に変えられ、「主権在民の精神」が「主権在民と平和の精神」になっている。「議会制度」が削除されたことはきわめて重要である。第34章でより詳しく述べるが、不破指導部と綱領改定案は、現在の議会制度を抜本的な改革の対象からはずすという立場に明確に移行しているのである。そのため、「議会制度」がこの文章から削除され、さらに、前述した小選挙区制廃止要求がなくなった代わりに、「選挙制度」がそこに収まるという、ところてん式の記述変更になっているのである※。
※注 綱領改定案は現行綱領と本質的に変わらないとしている五十嵐仁氏(法政大)は、小選挙区制廃止要求が削られ、選挙制度について抽象的なことしか言われていないことに苦言を呈している(五十嵐仁の転成仁語(2003年6月後半))。しかし、五十嵐氏は、このことよりもはるかに重要な変更、すなわち民主的改革の対象として「議会制度」が単なる「選挙制度」に変えられていることに注目していない。全体として、綱領改定案に対する五十嵐氏の論評は表面的である。
また「行政機構」が加わったことは、「議会制度」が除かれたことと一体の改変であり、ずっと後で述べるが不破の独特の権力論と結びついている。
また「地方制度」に関しては、綱領改定案では別に項目を起こして、「地方政治では『住民が主人公』を貫き、住民の利益への奉仕を最優先の課題とする地方自治を確立する」とより具体的に記述されている。ここはとくに大きな問題はないと見ていいだろう。
次の要求は、「党は、自衛隊の増強と核武装、海外派兵など軍国主義の復活・強化に反対し、自衛隊の解散を要求する」であるが、これは「自衛隊については、海外派兵立法をやめ、軍縮の措置をとる。安保条約廃棄後のアジア情勢の新しい展開を踏まえつつ、国民の合意での憲法第九条の完全実施(自衛隊の解消)に向かっての前進をはかる」になっている。この自衛隊問題についても第32章で論じる。
次の要求は、「天皇主義的・軍国主義的思想を克服し、その復活とたたかう」、「反動的な暴力団体、軍国主義的団体と政治テロの根絶を要求する」、「党は、国民の民主的権利の拡大のためにたたかい、破壊活動防止法や公安調査庁など国民の権利を侵害する弾圧法令、弾圧機関の撤廃を要求し、軍国主義と権利抑圧のための立法に反対する」であるが、これらの要求はすべて削除されている。「天皇主義的・軍国主義的思想を克服し、その復活とたたかう」が削除されたことは、天皇問題における党の全面的な後退を示しているし、「反動的な暴力団体、軍国主義的団体と政治テロの根絶」や「破壊活動防止法や公安調査庁など国民の権利を侵害する弾圧法令、弾圧機関の撤廃」というまさに「民主的改革」にとってごく初歩的とさえ言える要求さえも削除しているのは、驚くべきことである※。この問題は、あとの「権力と国家機構」の章でも論じるが、国家機構の民主化にとって不可欠であるはずの弾圧機構と弾圧立法の廃絶さえも無視されていることは、いかに不破指導部が「出来合いの国家機構」をそのまま受け継ごうとしているかを示している。
※注 この間、北朝鮮による拉致問題との関連で、共産党の元国会議員秘書であった兵本達吉氏のことがしばしば話題になっている。わが党指導部は、兵本氏が除名されたのは彼が警備公安警察の警察官に就職の斡旋を依頼したからだとしている。もしこれが事実であるならば、もちろん、除名は当然の措置であろう。今年の9月17日付『しんぶん赤旗』は、それとの関連で「警備公安警察は、日本共産党対策を中心任務とする秘密政治警察の核心であり、日本共産党は公安調査庁とともにその廃止を要求しています」と述べている。ところが、そう言いながら、党指導部は、次の党大会で、綱領から「破壊活動防止法や公安調査庁など国民の権利を侵害する弾圧法令、弾圧機関の撤廃を要求し」という項目を削除しようとしているのである!
次の要求は、「党は、信教の自由を擁護し、政教分離の原則の徹底をめざす」であるが、これは「信教の自由を擁護し、政教分離の原則の徹底をはかる」としてほぼそのまま綱領改定案に受け継がれている。
次の要求は、「党は、社会の諸方面に残っている半封建的な残りものをなくすためにたたかう。いわゆる部落問題については、ひきつづき国民的な融合に努力する」であるが(これはもともとはこのような曖昧な表現ではなく、61年綱領では「党は、未解放部落にたいする半封建的な身分差別がなお根づよくのこっている状態をなくすためにたたかう」となっていた)、これは全面的に削除されている。共産党系の部落解放団体はすでに、「部落問題は基本的に解決された」という立場をとっており、それが今回の綱領改定案に反映したのだろう。だが実際には、関西方面を中心に部落差別は今なお根強く残っており、綱領から部落差別解消の要求を削除することは許されない。