次に、現行綱領で「行動綱領」として提示されていたさまざまな要求が綱領改定案で削除され、代わりに、政権獲得後の「民主的改革」の諸政策が示されるようになったという問題について論じたい。
この問題についてはすでに、本稿の「上」の中である程度論じておいた。そこですでに述べたように、61年綱領以来、わが党の基本姿勢は、政権をとろうととるまいと、常に大衆の切実な要求を出発点とし、その実現のために広範な大衆闘争に取り組み、そうした草の根の闘争の発展線上に政権獲得を位置づけるというものであった。これらの切実な諸要求は、場合によっては政権獲得以前にも(部分的に)達成可能であるし、政権獲得後にはより全面的に実現可能なものである。
ところが、綱領改定案は行動綱領をまるごと削除し、政権獲得後の「民主的改革」の内容を平板に列挙するという体裁をとるにいたった。これはすでに「上」で述べたように、大衆闘争の党から「普通の」議会主義の党へのわが党の変質を綱領的に決定づけるものである。
不破指導部が最近、やけに「野党外交」なるものに腐心しているのも、このことと関連して理解することができる。この「野党外交」ごっこは、国際的な草の根の大衆闘争、民衆闘争と連帯するのではなく、日本共産党が政権入りしたときのために各国の政府上層にパイプをつくるためのものであり、ここにも日本共産党がもはや運動の党、闘いの党ではなくなったことがはっきりと示されている。
それと同時に、こうした改定のもう一つの動機は、形式全体を大きく変えることによって、行動綱領の中に含められていた多くの戦闘的・革命的諸要求をばっさりと削るためである。行動綱領の形式を維持すると、いくつかの要求を削除した場合には、なぜそれらを削除したのかの説明が求められる。破防法の廃止要求や公安調査庁の解体要求とか、そういった諸要求の削除をいちいち説明することは、不破指導部にとって危険なことである。それゆえ、思い切ってその形式を抜本的に改めることによって、そうした危険性を避けたのである。
ところで、行動綱領という形式をやめて、民主的改革の政策を列挙するというスタイルに変えたことについて、不破報告は次のように説明している。
「民主主義革命の性格・任務を主題とする第11節ですが、いまの綱領のこれにあたる部分を見ますと、革命で倒す相手がアメリカの対日支配と大企業・財界の横暴な支配であること、革命の性格は民主主義的なものであること、革命の任務は『真の独立と政治・経済・社会の民主主義的変革』であること、こういうことは規定されていますが、この革命によって、どんな内容の改革を実行するかについての具体的な規定は、ほとんど見当たりません。
そこには、国民の闘争も政治闘争も、まだそういう改革を具体的に問題にするところまで前進していなかったという、当時の日本の情勢の反映がありました。
日本の現状を打開するには、一方ではアメリカの対日支配の打破(反帝独立)が、他方では日本の大企業・財界の横暴な支配との闘争(反独占民主主義)が必要であり、この任務を民主主義的な性格の闘争としてやりとげることが、日本社会が必要とする当面の変革の中心をなすのだ、という理論的な認識と展望は、明確にされました。しかし、その変革の内容を改革の諸政策として具体化するよう、綱領の上で踏みこむことは、当時はまだできないことだったのです」。
さらに、その先で同じようなことが言われている。
「現在の綱領は、これにあたる部分の冒頭に、『わが党の当面する行動綱領の基本はつぎのとおりである』と書いてあります。つまり、私たちが実現しようとしている革命の内容ではなく、いま、日本共産党が活動のなかでかかげる『行動綱領』――こういう要求をもって活動するということの内容が書かれています。そこにあるのは、諸階層・諸階級の当面の要求、また社会生活の各分野での当面の要求や課題、こうしたものの一覧であって、そういうものが、『行動綱領』として、かなり詳細にあげられています。
しかし、では、どういう改革を達成することによって、これらの要求にこたえるのか、という問題にはふれていないのです。さきほど説明したように、当時の段階では、国民的な運動も、私たちの活動も、その発展状況からいって、民主主義革命における改革のプログラムをまとまった形で問題にするところまで熟していなかった、ここには、その状況の反映があると、私たちはいま見ています。
これにたいして、改定案は、『現在、日本社会が必要とする民主的改革の主要な内容は、次のとおりである』として、各階層・各分野の要求の一覧ではなく、革命によって実現すべき改革の内容をあげる、ということに変わりました」。
以上の説明は、徹頭徹尾ウソであり、デマであり、現行綱領に対する許しがたい誹謗中傷である。これまでさんざん、いかにわが党の綱領が歴史の試練に耐え、その正しさが証明されたか、いかにそれが生命力のあるものであるかを、わが党の党員とその支持者に得々と説明してきた不破哲三が、わが党の綱領について「この革命によって、どんな内容の改革を実行するかについての具体的な規定は、ほとんど見当たりません」とか、「どういう改革を達成することによって、これらの要求にこたえるのか、という問題にはふれていない」などと言うのだから、心底驚かされる! 民主主義革命を掲げている綱領なのに、「その革命によってどんな内容の改革を実行するかについての具体的な規定がほとんど見当たらない」とすれば、本当にそうだとすれば、そんな綱領は何の役にも立たない。そんな無内容な綱領を、制定以来40年以上も後生大事にしていた政党とその指導部は、まったくもって政治的失格者であるというほかない!
不破は、ここできわめて初歩的なごまかしをやっているのである。なるほど、たしかに現行綱領の行動綱領の冒頭には「わが党の当面する行動綱領の基本はつぎのとおりである」と書かれている。この「当面する」という言葉を機械的に解釈して、綱領改定案を権力獲得以前に達成する諸要求のみを列挙したものと説明するのは、われわれ党員を徹底的に愚弄するものである。そんな馬鹿なことはない。61年綱領以降の行動綱領をちゃんと見てみたまえ! その中には、民族民主統一戦線政府が権力を獲得してはじめて可能になる要求、あるいは、少なくともその本格的実現が可能になる要求がじつに数多く存在する。
たとえば、すでに述べたように現行綱領の行動綱領の冒頭には次のような要求が掲げられている。
「党は、日米安保条約をはじめ、民族の主権をそこなういっさいの条約・協定の廃棄、全アメリカ軍の撤退と軍事基地の一掃のためにたたかう」。
政権をとらずして、どうして安保条約の廃棄や米軍基地の撤退が可能になるというのか? さらに、次のような要求もある。
「党は、自衛隊の増強と核武装など軍国主義の復活に反対し、自衛隊の解散を要求する」。
民族民主統一戦線政府が権力を獲得することなしに、自衛隊の解散を達成することができようか! 不破が自慢げに出している「民主的改革」の政策の中にさえ、自衛隊に関してこれほどはっきりとした要求は書かれていない(自衛隊問題は後述)。さらに、すでに述べたように、61年綱領の行動綱領には次のように書かれている。
「日本経済にたいするアメリカ資本の支配を排除するためにたたかい、アメリカ資本がにぎっている企業にたいする人民的統制と国有化を要求する。……独占資本にたいする人民的統制をつうじて、独占資本の金融機関と重要産業の独占企業の国有化への移行をめざし、必要と条件におうじて一定の独占企業の国有化とその民主的管理を提起してたたかう」。
政権をとらずして、どうやってアメリカ資本を国有化したり、日本独占資本の金融機関と重要産業の独占企業を国有化したりできるのか。
行動綱領は、いま現在の労働者人民の切実な諸要求に立脚し、そこから生じる闘争課題を定式化したものである。それは、いま現時点から、ただちにそれらの要求のために闘うという意味で「当面する」ものであるが、その真の実現は人民の民主主義権力の樹立、さらには労働者階級の権力の確立によって可能になるものである。それらは、権力獲得以前にも実現可能なものと、権力獲得以降に可能になるものとが混然一体になっている。両者を機械的に分けなかったのは、実際に権力獲得以前に実現できるのかどうかは、現実の革命の過程によって左右されるからである。たとえば、抽象的・理論的には、権力を獲得する以前にも実現可能な要求であっても、支配階級の頑迷さや抵抗力によっては、権力獲得以降に実現されるかもしれない。これらはすべて実際の発展過程によって決定される問題である。だからこそ、行動綱領は、政権獲得以前か以後かを機械的に区別することなく、いま現在からただちに取り組むべき(そのための宣伝や煽動を含めて)諸要求、諸課題を列挙しているのである。
以上のことは、わが党自身が説明してきたことであるし、かつて不破哲三自身が綱領の解説の中で力説していたことである。不破は、1991年の綱領学習会において次のように述べている。
「第8回党大会の『政治報告』には、この行動綱領の解明にあてられた部分があります。それは、いまでも、私たちが行動綱領のもつ意味を正確にとらえるうえで、大事な分析です。そこで指摘されているのは、行動綱領にかかげられている諸要求は、『人民の当面の闘争要求』として切実な『日常的な要求』の性格をもっているが、そこには、(1)『その達成が人民の民主主義権力の樹立――民主主義革命によってこそ保障される基本的な要求がふくまれている』と同時に、(2)また『人民の民主主義権力の樹立以前に、当面の具体的政治的要求としても解決を要求するものがすくなくない』という点です。『報告』は、『それがどの程度解決するかは党と人民の力量、敵と味方の力関係の変化にかかることが多い』とのべて、要求の全面的な解決のために奮闘しながら、その闘争のなかでえられる部分的、改良的な措置にたいしても、情勢に即して積極的な態度をとるべきことを示しています」(不破哲三『日本共産党綱領と歴史の検証』、新日本出版社、88~89頁)。
不破は自分自身が説明してきたことさえ否定して、自分の党の現行綱領を誹謗しているのである。
もちろん、現行綱領は、権力獲得以後でないと絶対に不可能であると思われる事柄に関しては、行動綱領に含めていない。たとえば、君主制の廃止がそれである。この要求ももともとは行動綱領に含められていたのだが、憲法上の事柄であるため、全国家機構の抜本的な改造が問題となる権力獲得以後の記述に移行されたのである(この問題については第32章で論じる)。
以上見たように、現行綱領に「その革命によってどんな内容の改革を実行するかについての具体的な規定がほとんど見当たらない」かのように言う不破の言い分は、まったくのウソでたらめであることが明らかである。実際、不破が自信満々に提示している綱領改定案の「民主的改革」なるものを見ても、後述するように、そのほとんどが、現行綱領の行動綱領に入っている要求の焼き直しであり、むしろ多くの面で後退さえしている。また、新たに加わった政策もたいしてなく、その多くは抽象的なものである。
そこで、次に、現行綱領の行動綱領に具体的に即して、どの要求が「民主的改革」政策の中に残り、どの要求が改変され、どの要求が削除され、どの要求が新たに加えられたのかについて、逐一的に検討しよう。