以上で、現行綱領における、政治的諸要求にかかわる行動綱領は終わりである。次に、国民各層の要求にかかわる行動綱領を見ていこう。
まず最初の要求は、「党は、日米支配層が労働者、農民、勤労市民その他にくわえている搾取と収奪に反対し、低賃金制を打破し、失業者・半失業者には仕事を保障して、人民大衆の生活を根本的に改善するために努力する」であるが、これらの要求は綱領改定案ではすべて削除されている。こうした具体的な諸要求の代わりに、「労働者の長時間労働や一方的解雇の規制を含め、ヨーロッパの主要資本主義諸国などの到達点も踏まえつつ、国民の生活と権利を守る『ルールある経済社会』をつくる」という文言が綱領改定案に入っている。
この両者は一見同じようでいて同じではない。現行綱領が言う「搾取と収奪に反対し、低賃金制を打破し、失業者・半失業者には仕事を保障して、人民大衆の生活を根本的に改善する」という要求はいずれも、第一に、現時点の労働者の切実な要求や闘争と結びついており、第二に、資本主義の枠内では完全には解決されないものである。だからこそ、これらの要求は、現在の闘争から発展して民主主義革命へと発展し、ついには資本主義の枠をも突破しうる力を持っているのである。綱領改定案においてはそうではない。いま現在、下から「労働者の長時間労働や一方的解雇」と闘争するという立場ではなく、あくまでも政権獲得後に上から行なうルール作りにすぎず、しかもそれはヨーロッパの到達点が基準になっている。ヨーロッパで革命なしに実現しえたルールが、どうして日本では民主主義革命の政策になるのか、このことを不破指導部はけっして説明しない。
次の要求は、「党は、すべての労働者の団結権、ストライキ権、団体交渉権を確保し、職場の自由と民主主義を確立し、資本主義的合理化、首切り、低賃金、労働強化に反対し、賃金の引き上げ、同一労働同一賃金を要求する。最低賃金制と労働時間の大幅短縮、非人間的な過密労働の規制その他、労働者の生活と権利を保障する労働立法を実現させる」であるが、これらの具体的な諸要求に関しては、「憲法と民主主義の分野で」に入れられている「労働基本権を全面的に擁護する」と「企業の内部を含め、社会生活の各分野で、思想・信条の違いによる差別を一掃する」を除いてすべて削除されており、先ほど引用した「ルールある経済社会」を作る云々という要求に収斂されている。ここでも先ほど述べたことと同じことが言えるだろう。
次の要求は、農民階層と漁民階層に関する諸要求である。長いがいちおうすべて引用しておこう。
「党は、コメの輸入自由化や減反政策など、日本農業の自主的発展と農民経営を犠牲にし、日本の食糧確保を危うくする対米従属・独占資本本位の農業政策に反対し、農業を基幹的な生産部門として位置づけ、日本農業と農民経営の発展を保障する民主的な農業政策のためにたたかう。農民の生活と権利をまもり、農用資材の独占価格、重い税金の引き下げ、再生産を保障する農産物価格と営農資金を要求し、農業協同組合の民主的発展につとめる。農業・農村労働者のために賃金と労働条件の改善、安定した仕事を要求する。森林資源の保護、林業の自主的振興、国有・公有林野の管理の民主化、山村農民と林業労働者の経営と生活、権利をまもるためにたたかう。
党は、国費による農用地造成、土地改良、国有・公有・大山林所有者の林野の農用適地を農民に解放すること、アメリカ軍と自衛隊がとりあげた土地の農民への返還を要求する。住宅用地など生活用地の確保のため、独占資本などによる土地の買い占めや土地価格のつり上げに反対し、独占資本の所有する未利用地の国や自治体への譲渡をはかる。 党は、漁民の生活と経営の条件を改善するために、アメリカ軍と自衛隊の海上演習や漁場制限に反対し、独占資本の圧迫・収奪の排除、200カイリ水域の有効利用を要求する。資金・資材などの獲得のためにたたかい、漁業協同組合の民主的発展につとめる。漁業労働者のために、仕事と安全、賃金引き上げを要求する」。
これらの具体的かつ詳細な要求はすべて削除されて、以下のようなきわめて簡単な文言に変えられている。
「国民生活の安全の確保および国内資源の有効な活用の見地から、食糧自給率の向上……を重視し、農林水産政策……の根本的な転換をはかる。国の産業政策のなかで、農業を基幹的な生産部門として位置づける」。
このように、階層としての農漁民の諸要求は何一つ綱領改定案の「民主的改革」の中には盛り込まれていない。また、かろうじて書かれている「食糧自給率の向上」や「農林水産政策……の根本的な転換」にしても、農漁民の立場からではなく、「国民生活の安全の確保および国内資源の有効な活用の見地」から言われているだけである。これは、後でも述べるが、子どもの権利擁護や子育て支援策などが、子どもや女性の権利の立場からではなく、「少子化傾向を克服する立場から」取り上げられているのと同じである。
また、現行綱領にある「アメリカ軍と自衛隊がとりあげた土地の農民への返還を要求する」と「アメリカ軍と自衛隊の海上演習や漁場制限に反対し」が削除され、それに相当するいかなる要求も綱領改定案に盛り込まれなかったことは、不破指導部の日和見主義的な基本姿勢をよく示しているといえるだろう。
次の要求は、「党は、自営商工業者、自由業者など勤労市民の営業と生活を改善するためにたたかう」であるが、これも完全に削除されている。かろうじて「民主的規制を通じて、労働者や消費者、中小企業と地域経済、環境にたいする社会的責任を大企業に果たさせ」るという記述があるだけである。
次の要求は、「党は、わが国における少数民族というべきアイヌの生活と権利の保障、文化の保護などを要求する」であるが、これもまるごと削除されている。
次の要求は、「党は、知識人の生活を擁護し、研究・文化活動の自由が圧迫され制限されている状態を打開するためにたたかう」であるが、これは「憲法と民主主義の分野で」の項目の中で「学問と文化・研究活動の自由をまもる」という形で取り入れられている。ただし知識人階層の要求としてではない。
次の要求は、「党は、女性の労働および社会生活におけるいっさいの不平等に反対し、女性の民主的権利の拡大、男女平等と女性の地位の向上のために、また母親にたいする援助と保護の国による保障のためにたたかう」であるが、これは綱領改定案では「男女の平等、同権をあらゆる分野で擁護し、その保障を確立する。女性の独立した人格を尊重し、女性の社会的、法的な地位を高め、女性の社会的進出・貢献を妨げている障害を取り除く」として取り入れられている。おおむね違いはないが、「母親にたいする援助と保護の国による保障のためにたたかう」がなくなっている。これは、不破の「質問・意見に答える」での説明によると、いわゆる「母性保護」に消極的になったという意味ではないということらしい。
「改定案も強調しているように、『女性の独立した人格』を尊重する、ということは、今日、いよいよ重要な問題になっています。ところが、この当然の要求から出発して、一部に、子どもをもっている女性(母親)と、そうではない女性とを区別するなということで、母性保護の要求に消極的になったり、母親になるかならないかは、一人ひとりの女性が自分で決定すべき女性の権利の問題だから、少子化の問題で国が介入するのはおかしいとか、いろいろな議論が出ている、と聞きます。
たしかに子どもを産むか産まないかは、一人ひとりの女性が自決する権利の問題ですが、少子化の現状には、それだけですますことのできない大きな問題があります。社会全体の立場でいえば、社会を構成する女性の多数が、産まない方向で自決してしまったら、社会の存続にかかわる危機をひきおこすわけです。……それは決して、健全なことではないし、このまま見過ごしてよい問題ではないのです。
そういう時だけに、母性の保護という問題は、社会の全体の問題として、特別に重要な意義をもつと思います。また、女性の独立の人格を尊重することと同時に、社会の問題として、少子化の傾向を克服する問題に取り組むことは、当然のことだと思います」。
ここでも同じ傾向が見られる。母性保護が、女性の権利擁護と両性の平等の推進のためではなく、「少子化傾向の克服」という社会的必要性の観点からアプローチされている。「社会を構成する女性の多数が、産まない方向で自決してしまったら、社会の存続にかかわる危機をひきおこす」と不破は絶叫する。これはほとんど脅迫である。本人はおそらく自覚していないだろうが、不破のこの言葉は、子どもを生まないことを選択している女性には「お前の(誤った)自決が社会の存続にかかわる危機を引き起こすのだ」という非難にしか聞こえないだろう。しかし、それにしても、この「危機」を前にしていったい不破はどうするつもりだろうか? 彼にはもちろん何の対案もない。彼にできるのは「危機」を煽ることでしかない。
次の要求は、「党は、男女の青少年・学生の民主的組織と活動の自由、勉学、スポーツ、文化活動、レクリエーションなどの設備や条件などの大幅な改善、労働および社会生活における地位の向上、とりわけ18歳選挙権を実現させる」であるが、これは「文化各分野の積極的な伝統を受けつぎ、科学、技術、文化、芸術、スポーツなどの多面的な発展をはかる」「18歳選挙権を実現する」という表現で綱領改定案にも取り入れられている。重要な変更は、「男女の青少年・学生の民主的組織と活動の自由」「(青年の)労働および社会生活における地位の向上」という要求が削除されていることである。
次の要求は、「党は、児童憲章および子どもの権利条約の完全な実施、子どもの健康と福祉のための社会施設と措置の確立を要求する」であるが、これは綱領改定案では「少子化傾向を克服する立場から、子どもの健康と福祉、子育ての援助のための社会施設と措置の確立を重視する」になっている。「少子化傾向を克服する立場から」という文言の問題性についてはすでに述べた。もう一つの重要な違いは、「児童憲章および子どもの権利条約の完全な実施」という要求が削除されていることである。子どもを単に保護や教育の対象とみなすのではなく、権利の主体としてみなす「児童憲章」や「子どもの権利条約」の立場が、「少子化傾向の克服」という社会的都合を優先させる不破指導部の立場とあいいれないということだろうか。
次の要求は、「党は、労働者、農漁民、勤労市民その他、国民各層にわたる社会的貧困と失業、病気や障害、高齢などによる生活の不安と苦しみを解決し、健康で文化的な生活をいとなむことができる社会保障制度の総合的な充実と確立のためにたたかう。とくに高齢者の生活を保障するため、年金、医療、福祉、介護の体制の改善・拡充をはかる」であるが、これは綱領改定案では「国民各層の生活を支える基本的制度として、社会保障制度の総合的な充実と確立をはかる」というごく簡単な表現に改変されている。明らかに現行綱領の表現の方がはるかに具体的で詳細である。とくに「高齢者」の独自要求が削除されたことは、基本的に綱領改定案を支持している党員のあいだからでも、少なからぬ疑問が出されている。また、現行綱領では「健康で文化的な生活」という重要な基準も示されているが、綱領改定案にはそうした基準がない。
ちなみに、綱領改定案では、「社会保障制度の確立」という文言が、ここだけでなく、税制改革の項目でも繰り返されているが、これは単に冗長なだけであろう。
次の要求は、「党は、日本独占資本の収奪と支配およびアメリカ帝国主義の圧迫に反対する中小企業家の要求を支持してたたかう」であるが、この要求はあっさり削除されている。「ルールある経済社会」の要求に吸収されたということだろう。
以上で、国民各層の要求にかかわる行動綱領は終わりである。