なお新綱領における天皇制の記述を正当化する意見としては、この「方法の明示」に関連してさらに次のような三つの意見が存在する。それをここで一つ一つ検討しよう。
まず第一に、天皇制は憲法上の制度であって他の政策とは異なるので、新綱領の記述はやむをえないという意見についてである。だが、もし党指導部が本当に憲法上の問題であることを単に強調したいだけならば、次のような記述にしても問題なかったはずである――「党は、憲法改正の手続きを踏まえて、天皇制を廃止する」、あるいは、もう少し丁寧に述べたいのなら「党は、天皇制が憲法上の制度であることを踏まえて、天皇制の廃止を実現するのに必要な国民多数派を獲得するために奮闘し、その上で憲法改正の手続きにのっとって天皇制を廃止する」。
なぜこのような表現をとらず、「天皇制の廃止」という言葉を徹底的に避けたのか? なぜ二重の「べき」論でごまかしたのか(「民主共和制の政治体制の実現をはかるべき」「国民の総意によって解決されるべき」)、これこそ不破が答えなければならない問題である。明確な政治的目標とその手段が語られるはずの政治綱領において、このような曖昧な「べき」という認識だけで済ませている記述がこの部分以外にいったいどこにあるというのか? 多数者革命に背を向けているとか、主権在民原則を軽んじるものだという、まったく的外れな誹謗中傷によってごまかすことは許されない。
第二に、現在の天皇制は戦前の天皇制と異なって、他の改革を実行する上での障害にならないので、綱領で天皇制の廃止を強調する必要はないという意見である。不破自身、大会報告の中で次のように述べている。
「戦前のような、天皇制問題の解決を抜きにしては、平和の問題も、民主主義の問題もないという、絶対主義的天皇制の時代とは、問題の位置づけが根本から違っていることも、重視すべき点であります」。
戦前の天皇制と戦後の天皇制ではその機能も重みも大きく異なることは言うまでもないことであり、それは旧綱領においても完全に認識されていた。なぜ今さら、戦前の天皇制との違いという常識的な事柄を持ち出して、天皇制廃止要求の撤回を正当化できるのか?
さらに言えば、新綱領自身が、天皇制が「民主主義の徹底に逆行」し、「民主主義および人間の平等の原則と両立」しないと言っているのである。つまり、それ自体が民主主義に反し、民主主義の原則と両立しない制度の廃止を実現するのは、曲がりなりにも「民主主義革命」を掲げる政党としては当然のことであろう。なぜそれを曖昧にするのか?
もっと重要なことは、戦前の天皇制との制度的性格の大きな違いにもかかわらず、そして戦後憲法における厳しい制約にもかかわらず、戦後日本において天皇制がなお強力なイデオロギー的・政治的権力を保持している厳然たる事実である。このことは、昭和天皇が死んだときに生じたあの異常な国民総服喪の強制と度外れた天皇制賛美の大合唱によってはっきりと示された。だからこそ、当時の共産党は、天皇制に対する系統的な批判を『しんぶん赤旗』や『前衛』などで精力的に展開したのである(この闘いの一端については、過去の『さざ波通信』で詳しく紹介しておいた)。
そして、天皇の戦争責任に言及しただけで市長が右翼に命を狙われたり、反天皇的とみなされた朝日新聞が右翼に襲撃されて記者が殺されたり、マスコミで天皇制に批判的に言及すれば事実上放逐されたり、という現状が存在するのである。この恐るべき「菊タブー」の存在は、まさに今なお天皇制の権威と権力が剥きだしの暴力によって維持されていることを示している。
憲法上の規定だけを持ち出して、あたかも天皇制がほとんど無害なものになったかのように言うのは、若きマルクスが批判した「法学的幻想」そのものであろう。それはただ現実を美化し糊塗し、そうすることで現状を支えているのである。
戦後天皇制は社会変革にとっての大きな障害ではない、とやたら言いたがる人々は、実際には、天皇制が持っているこの強力な権威と権力を、そしてそれを支えている右翼の暴力を恐れているのである。彼らは、天皇制とそれを支えている「力」を恐れているからこそ、その廃止を綱領に掲げるのを躊躇し、その実現のために努力するのを回避しているのである。しかし、自らの「恐怖」を正直に認めたくない彼らは、「天皇制はあまりにも強力であまりにも暴力的なので、私はそれと対決したくない」と言う代わりに、「戦後の天皇制なんてたいした存在ではない。あんなものはあってもなくても、社会変革の事業に支障はない!」と強がるのである。己れの「恐怖」を隠すための「過小評価」こそ、日和見主義者の常套手段である※。
※注 このような過小評価の滑稽な一例は、第23回党大会の兵庫選出代議員の次の発言に示されている。
「憲法に明文規定がある形式的な国事行為をするためだけの世襲制というものが、はたして将来意味合いを持つのか。私の友人の歴史学者は『そういう時になれば、わざわざ廃止と言わなくても、天皇家の方からやめさせてほしいということもありえるよ』と言います(笑い)。なるほどなという感情を持ったこともあります」(2004年1月17日付『しんぶん赤旗』)
天皇家には天皇制をやめる権限などまったくないのだが(この歴史学者は憲法の常識さえ知らない!)、このような馬鹿げた楽観論にもとづいて「天皇制廃止」要求の撤回が正当化されているのである。そして、このような恥知らずな発言は、共感の「笑い」を持って迎えられている。天皇制と対決した1980年代の共産党の姿はそこにはかけらも存在しない。
だがもし本当に、天皇制が憲法に書いてあるとおりの無力な存在であり、何の権威も権力もなく、変革の事業の妨げにならないようなちっぽけな制度なら、それこそ、恐れることなくその廃止を堂々と綱領に書き込めばよい。このような無力でちっぽけな制度、しかも民主主義と両立しない制度は、あっさりと廃止することができるし、廃止するべきだろう。なぜそうしないのか? なぜ「たいしたことはない」と言いながら、二重三重に国民の合意を持ち出して、その廃止の責任を「国民」に押しつけるのか? どうか答えてくれたまえ!
新綱領の天皇制規定を正当化するための第三の意見はこうである。現在の焦点は天皇制の廃止やそのための憲法改正ではなく、9条改憲をはじめとする反動的な方向での憲法改正だから、いま天皇制の廃止を強調するのは得策ではない。不破は大会報告の中でこう述べている。
「私たちは、民主主義の原理的な立場からの党の考え方――については、今日でも大いに語る必要があります。
しかし、いま、憲法をめぐる中心課題は、第9条の改悪を主目標に憲法を変えようとする改憲のくわだてに反対し、現憲法を擁護することにあります。わが党は、当面、部分的にもせよ、憲法の改定を提起する方針をもちません。だから、改定案では、天皇制の廃止の問題が将来、どのような時期に提起されるかということもふくめて、その解決については、『将来、情勢が熟したとき』の問題だということを規定するにとどめているのであります。」
これもまた奇妙な意見である。共産党が憲法改正を当面の目標にしていないのは、大昔からである。61年綱領の成立以前から、わが党の当面する目標は憲法の民主的・平和的条項の擁護であり、憲法改悪反対であって、天皇制廃止のための憲法改正ではない。今さら何を言っているのだろうか。変わったのは、不破が全権を握る以前には憲法の擁護とは、「憲法の民主的・平和的条項の擁護」のことであったのが、今では「憲法の全条項の擁護」になったことである。したがって、不破が証明するべきは、憲法の天皇条項を積極的に擁護することがどうして、憲法の民主的・平和的条項を擁護することにつながるのか、ということである。不破も新綱領も認めているように、現在の天皇制は「民主主義の徹底に逆行し」「民主主義および人間の平等の原則と両立しない」にもかかわらず、この条項を守ることがどうして、憲法の民主的・平和的条項を守ることにつながるのか? 頭脳明晰で論理明快な不破氏にぜひ証明していただきたい。
さらに、現在の焦点が憲法改悪に反対することだからといって、どうして将来についてもその改廃を「情勢が熟したとき」に委ねるのか? 不破はすでに引用した文章で「わが党は、当面、部分的にもせよ、憲法の改定を提起する方針をもちません。だから、改定案では、……その解決については、『将来、情勢が熟したとき』の問題だということを規定するにとどめているのであります」と述べているが、この文章の中間における「だから」は、まったく論理的に意味不明である。当面は憲法の改定を提起する方針を持っていない、「だから」、将来もこの問題は曖昧にしておきます――申し訳ないが、誰かこの論理をわかるように説明してくれないだろうか?
さらに、不破は「民主主義の原理的な立場からの党の考え方については、今日でも大いに語る必要があります」と述べているが、いったいいつこの原理的な立場について「大いに語った」のか? ぜひその事例を示してほしい。皇族の誰かが死んだときや皇族の誰かに子供ができたときに、マスコミを挙げて天皇制賛美の大キャンペーンが行なわれるが、このときこそまさに、「民主主義の原理的な立場からの党の考え方」について「大いに語る」絶好の機会だろう。ところが、共産党は、1998年以降、このような礼賛キャンペーンを批判するコメントや記事を出すどころか、皇族を特別扱いする醜悪な弔詞決議や賀詞決議に賛成したのである。一昔前なら絶対に考えられなかった事態である。この行為のどこに、「民主主義の原理的な立場からの党の考え方」について大いに語った形跡があるのか? 新綱領における今回の天皇制規定を支持する同志諸君、その優秀な頭脳を用いて、ぜひともこの疑問に明快な答えを出してくれたまえ!