次に、共産党の敗北の原因について見てみたい。すでに述べたように、議席の減少そのものは、比例定数削減の影響を考えればある意味で必然であり、この点については改めて論じるまでもない。問題は、議席数だけでなく、得票数・率が98年参院選に比べて大幅に減少したことである。 日本共産党の中央常任幹部会は、選挙結果が明らかになった直後の6月26日の声明において、今回の敗北について次のように総括している。
今回の総選挙で、わが党は、あらゆる面でゆきづまった自民党政治と、首相の資格のない森総理をささえる自公保政権への審判をくだし、国民と心の通じる新しい日本への展望をしめしてたたかいましたが、空前の謀略選挙のなかで、残念ながら議席を伸ばすことができず、現有26議席を20議席に後退させる結果となりました。
自民党政治にたいする国民の強い批判のなかでの選挙でしたが、民意をもっとも正確に反映する比例区の定数が削減されたこととともに、なによりも、政権政党による未曽有(みぞう)の反共謀略作戦が全国的に展開されるというわが党にとってきびしい条件のなかでのたたかいでした。
また、選挙直後の不破委員長の記者会見においても、次のように述べられている。
私たちがこういう堂々とした政策論戦を求めたのにたいして、相手側がやってきたことは、日本の選挙戦の歴史でも前例をみない空前の謀略作戦だった。
謀略作戦というのは、ただ、自民党、公明党、保守党の名前で反共ビラをまくということではなく、正体不明のビラを大規模にまくことで、解散後から選挙までにわれわれの推計だと一億数千万枚まかれた。
私たちが、この状況に対して、事実と証拠を挙げて、自民党、公明党、創価学会がやっていることだということを示し、そういう謀略はやめろと、公開質問状を出したのは19日だった。しかし、それには、何の回答もなく、投票日の直前にさらに数千万枚の謀略パンフレットが全国で五種類まかれた。われわれが確認した限りでは、39都道府県でまかれた。
これは、政治を考える多くの無党派の人たちが日本共産党に目を向けるのを断ち切ろうという大規模な謀略作戦だった。
われわれは大反撃したが、その否定的影響を短期間には一掃することはもちろんできなかった。今度の選挙での議席の後退については、これが最大の問題だと思う。
このように今回の後退の最大の要因として謀略ビラを挙げている。他の原因としては定数削減しか言われておらず、定数削減は議席減につながっても得票減とは関係がないので、得票数・率が下がった唯一の要因はこの謀略ビラだということになる。
しかし、このような把握は正しいであろうか?
最も熱心に謀略ビラを撒かれたのは都市部であり、その中には、ダブル選挙になった狛江市も含まれている。狛江市では、全国共通の謀略ビラと並んで、『しんぶん赤旗』自身が告発したように、支持者の名前を悪用したきわめて悪質な謀略ビラも大量に配布された。さらに狛江市においては、現与党と民主党とが候補者を一本化して、現職の矢野市長に挑戦した。力関係からしても、またそこで大規模に行なわれた反共攻撃の規模からしても、最も不利な選挙であったはずである。にもかかわらず、矢野ゆたか候補は、前回の2倍近い得票を獲得して圧勝した。謀略ビラは、マイナス要因になるどころか、むしろ攻撃側の権威を失墜させ、むしろ矢野候補にとってプラスに働いた。この事実からも明らかなように、謀略ビラの大量配布だけをもって、今回の敗北の原因にすることには相当の無理がある。
しかし、たとえばテレビでキャスターや評論家たちが言っているように、まったく何の悪影響もなかったと断言することができるだろうか? それは逆の一面性に陥っていると思われる。今回の謀略ビラは、もともとは保守派であるが昨今の自公政権に嫌気がさした層には一定の効果があったのは間違いない。今回の謀略ビラは、本来の革新票には影響を与えることができなかったし、逆に怒りと奮起を呼び起こす材料になったが、国政レベルでは保守傾向の強い層には、反自民の一票を共産党に投じる意欲をくじいた可能性は大いにある。
だが、だからといって選挙の後退の原因を謀略ビラだけに帰することは不可能であるし、ましてや指導部の責任が問われなくてすむわけでもない。
なぜならまず第1に、このことは、保守意識におもねることで保守票を獲得しようとしたこの間の党指導部の路線が、保守の側からの当然の大反撃によって挫折せられたことを意味するからである。共産党は、保守層と意見が割れそうな政治的問題を慎重に争点からはずし、もっぱら経済問題に争点をしぼろうとしてきた。綱領に書いてあるあれこれの「革命的」目標については、それはすべてずっとずっと先の将来のことにすぎないと言い訳することで、保守意識におもねってきた。しかし、そのような言い訳をすればするほど、むしろ反共の側からの格好の攻撃材料を与えることになる。綱領に団結して存在しているはずの党であるにもかかわらず、その綱領に書いてあることをビラに書かれることで「攻撃」になってしまうとは、何とも皮肉な事態である。綱領に書いてあることにあまり触れられたくないと共産党指導部が感じていることを敏感に察知した反共勢力は、まさにそれを最大の争点にしようとした。ある意味で、党指導部の臆病な態度こそが、反共勢力に攻撃のポイントを教えてしまったのである。
しかも、共産党の側の反撃ビラの内容もお粗末なものだった。天皇制や自衛隊などの政治問題をめぐって綱領を堂々と擁護するというよりも、それらの問題については触れることを回避し、また新日和見主義をめぐる「査問」事件については、「査問という制度はない」という見苦しい言いわけに終始している。それでいて、「ルール違反者の調査をするだけ」だと書かれているのだから、むしろ不気味さが増している。また、国名については、「私たちは、憲法で使われている『日本国』という国名を将来にわたって変えるつもりはありません」などと、党内で一度も決定されたことがない新見解まで勝手に発表している。多くの国で国名はその時々の政治体制に規定されて変わっており、何も永久不変なものではない。それこそ、将来、国民の意志で決定すればよいものである。
第2に、今回、反共与党勢力が今回のような謀略ビラを大々的に撒き、政権選択を最大の焦点にしたのは、共産党指導部自身が、何の政策的基盤もないにもかかわらず、野党連合政権の可能性をしきりに強調したことが重要な要因になっている。不破委員長は選挙本番に入ってから、与党側が政権選択を中心争点にしてきたことに驚いて、それは争点隠しだと強く反発した(たとえば、6月13日の記者会見)。しかし、暫定政権論を2年も前から派手に押し出し、大々的に宣伝して、政権選択を争点にするきわめて大きな役割を果たしたのは、いったい誰なのか? また、マスコミも、共産党の思い切った譲歩と「柔軟」な姿勢に驚いて、次の総選挙で下手すれば政権交代が可能になるかもしれないと本気で考えはじめたのである。
もし実際に、共産党と革新勢力の力量が、大衆運動分野でも党建設分野でも、また国民の政治意識の面でも、政権を狙えるほど大きく成長・発展し、真剣に保守政権に挑戦ができるほどの実力を備えるに至ったならば、そのときに、保守の側が政権選択ないし体制選択をめぐって、綱領の文言にまでさかのぼって攻撃を加えてくるのは、当然であり、また堂々と受けて立つべきものである。
しかし、今回はまったくそのような情勢ではなかった。共産党は、選挙における得票という分野においてのみ、しかもこの5年間にかぎってのみ成長しただけであり、大衆運動分野でも、党建設分野でも、後退か停滞を余儀なくされている。また、国民意識の分野でも、重要な政治問題をめぐっては、保守の枠組みを受け入れる方向での保守化がますます進んでいる。しかも、共産党以外の主要野党勢力とは、綱領問題だけでなく、当面する重要政策においても意見が一致していない。共産党は「小さな政府」「規制緩和」路線に反対であるのに対し、民主党はそれらの政策の実現こそを党是としている。また憲法問題でも、民主党の党首は明確な改憲派であり、民主党内部でも改憲派が多数である。
つまり、共産党の実力からしても、政党間の組み合わせからしても、保守政権に挑戦しうるだけの基盤などまったく存在しないのである。にもかかわらず、共産党指導部が基本路線の棚上げを公言してまでも野党連合政権の可能性を強く示唆したことで、まさに、与党勢力は、政権選択を最大の焦点に据えることに成功し、そしてその際、相手側の最大の「アキレス腱」である共産党の綱領に攻撃を集中する結果がもたらされたのである。
このこともまた、共産党指導部のこの間の戦術および戦略の致命的な誤りを示している。共産党が政権入りする可能性がかすかでも生じた場合に、保守の側がそれを阻止するためになりふり構わぬ攻撃をしてくることを、指導部はまさかまったく予想していなかったとでも言うのだろうか? もしそうだとすれば、それこそ指導部失格であることを意味する。保守の側が、必要とあらばいつでも今回のような大規模な攻撃を企てることは、1970年代後半の「自由社会を守れキャンペーン」の経験からして明らかであり、またそのような攻撃さえされないとすれば、それこそ共産党は何ら体制側にとって脅威ではない存在に落ちぶれたことを意味するだろう。
共産党はこの間、保守意識におもねり、多くの重要問題で基本的立場を棚上げするか、変更した。いわば、権力に対して、私たちはそれほど危険な存在ではありませんよ、だから何とか受け入れてくださいというメッセージを送ったのである。しかし、保守の側は当然そのようなメッセージを真面目に受け取らず、本当に危険でないというなら、綱領を変えよ、党名を変えよ、過去の闘争を自己否定せよ、と完全屈服を要求している。従来の反共ネタだけでなく、党綱領そのものを中心的に槍玉に挙げた今回の大キャンペーンはまさに、共産党指導部の中途半端な屈服を許さず、屈服するなら最後まで行なえ、という権力側の明確なメッセージなのである。
まとめよう。今回の謀略ビラは、けっして共産党の後退の唯一の原因ではない。敗北の責任を謀略ビラだけに帰するのは、この間の指導部の政治的責任を回避しようとする不誠実な試みである。しかし、他方では、謀略ビラが保守層部分に共産党への投票を回避させる役割を果たしたことも疑いない。しかし、この事実は、共産党指導部の政治責任を免れさせるものでは断じてなく、反対に、この間の党指導部の右傾化路線の破綻をはっきりと示すものである。