今回の「政策と訴え」の第2章は「財政再建」問題にあてられている。この章は、第1章の経済改革政策と並んで、いわば今回の総選挙政策のメインを構成している。その政策の基本は、公共事業をはじめとする無駄を省き、不公平税制を是正し、予算の中心を社会保障に切り替え、財政再建を進めつつ国民向け予算を拡充し、消費税増税をすることなく財政の立て直しを実現し、その上で消費税減税に道を開く、というものである。消費税減税の棚上げ問題、および所得税と法人税の最高税率の問題については、雑録-1で詳しく論じているので、それを参考にしてほしい。ここでは、財政再建のこうした基本路線そのものについて検討してみたい。
無駄な公共事業を削減すること、予算の中心を社会保障にすること、不公平税制を是正すること、消費税増税に反対すること、これらすべてはもちろん進歩的な政策であり、今日、きわめて重大になっている。共産党が安直に「小さな政府」論に組みせず、社会保障の抜本的な充実を掲げていることは、この間の共産党の右傾化にもかかわらず、共産党の重要な存在意義を示すものとなっている。
しかしながら、国と地方を合わせて645兆円という巨額の借金、国のGDPの1・3倍にもなるこの巨額の債務を、果たして、今回の政策におけるような穏健な段階的路線によって解決することが本当にできるだろうか? これ以上いっさい借金を増やさなくても、年々の利子だけで、急速に借金1000兆円に近づくというとんでもない額である。しかも、共産党の財政再建政策によれば、単年度の赤字(つまり借金)でさえなくなるのは、何年も何年も先の話である。「分野別政策」では、その展望を次のように具体的に明らかにしている。
以上の歳出と歳入の改革をおこなうのが第1段階です。この改革を実行すれば、10兆円程度の新たな財源を確保しながら、毎年の財政赤字を現在のGDP比10%から5%に半減させていくことが可能になります。新たな財源は、介護、年金、中小企業など、暮らしと営業の支援にあてます。消費税3%への引き下げの道も開けます。
第2段階の目標――累積した債務残高が減りはじめる。
第2段階では、いっそうの歳出の見直し、税制の抜本的・民主的改革を実行することにより単年度赤字をGDP比2・5%程度に減らすことを目標にします。そうすれば、累積した借金を減らしていくことができます。
このように、実際の累積債務の減少に手がつくのは、ようやく第2段階の終わりになってからのことである。その間、累積債務は増えつづけることになる。その時点で累積債務がどれぐらいになっているかは想像もつかないが、たぶん800兆円は越えているだろう。その後、単年度の黒字を作り出して、実際に累積債務を減らす時期が始まるわけだが、どんなにがんばっても、年間10兆円程度の削減が限界だろう。となれば、累積債務がなくなるまで、――利子分を除外したとしても――何と80年もかかることになる。
しかも、このような大規模な黒字幅を作り出すためには、緊縮財政にならざるをえない。さらに、この財政再建の期間、景気上昇が継続するのでなければならない。さもないと、いくら無駄を省いても税収は減るからである。景気が下り坂になれば、当然、財政出動論が大勢を占めるだろう。したがって、大衆増税をせず、福祉を充実しつつ、しかも財政再建を行なうというのは、まったくもって非現実的な展望なのである。この巨額の累積債務問題ほど、「一歩一歩目標に近づく」路線、「資本主義の枠内での改革」という路線の非現実性を示すものはない。多くの人は「目標が低ければ低いほどその実現は容易である」、あるいは、「少しづつ目標に近づく方が目標に接近しやすい」と思っている。しかし、生きた現実はそんなに単純なものではない。生きた歴史は、なだらかな舗装された上り坂が頂上まで続く観光用の山ではない。
途上国の累積債務問題をめぐって、その債務をすべて帳消しにしようという運動が国際的に広がっている。この運動に絶対的な正当性があるのは言うまでもないし、共産党としても、第三世界諸国に対して日本が持っている債権の即時放棄を政策に掲げるべきである。だが、債務帳消し要求は、途上国のみならず、先進国においても必要な要求になりつつある。現在の国債のかなりの部分を買っているのは、民間大銀行である。民間大銀行は、これまで銀行への税金投入や、超低利子政策、数十年にわたる不公平税制などによって、巨額の恩恵を受けてきた。この恩恵を吐き出させるべきである。民間大銀行所有分の国債を全額帳消しにするか、半分を帳消しにすることが必要である。これが、あまりにも大胆にすぎると思うなら、少なくとも利子分をただちに全面的に帳消しにするよう要求するべきである。利子は、濡れ手に泡の不労所得であり、銀行による人民収奪以外の何ものでもない。また、個人所有分に関しても、高額所得者の国債は帳消しにするべきだろう。この程度の「大胆な」政策も実行できないようでは、財政再建などおぼつかないだろう。
そのような政策を実行すれば経済が混乱する、と多くの人は言うだろう。だが、私たちが直面しているのは、この巨額の債務返済のために、消費税の大増税、福祉予算をはじめとする国民向け予算の大幅切り捨ての危機なのである。政府・財界から徹底的に収奪され、身ぐるみはがされ、生死の境に追いやられるのを黙認するのか、資本主義の枠組みを揺るがすことを恐れず、財政再建の負担を大企業と金持ちに負わせるのか、これが現在問われている選択肢である。この主張は、現在においてはおそらく空想的冒険として拒否されるだろうが、真に巨大な大衆増税が始まり、福祉・暮らし向けの予算の大幅カットが実行されるとき、「大胆な」政策こそが現実的な政策に見えてくるだろう。この「大胆な」政策を右翼ポピュリストが提起するとき、ファシズムの危険が生じることになる。左翼の側があくまでも一歩一歩主義を堅持し、資本主義の枠を厳格に守ろうとすればするほど、この危険性は増大するだろう。