今回の惨敗に関する論評として、党組織の弱体化、高齢化、空洞化、エネルギーの低下などが指摘されている。いずれももっともであり、われわれ自身、『さざ波通信』の中で繰り返しその点を指摘してきた。しかし、これらの問題は、党指導部の主体的とりくみと無関係な純客観的な条件とみなすわけにはいかない。それは、たしかに一面では、不可効力的な客観的過程でもあるが、別の面から見れば、この3年間における不破=志位指導部の基本路線によって促された側面もあるのである。
端的に言って、不破=志位指導部には、総合的な党建設、党活動という視点が欠落している。宮本時代には多くの深刻な問題があったが、それでも組織建設、党内教育とイデオロギー闘争、大衆運動というさまざまな分野に対しそれなりの注意が向けられ、しばしば集中的に取り組まれた。
たとえば、党内教育とイデオロギー闘争の分野について見てみよう。宮本時代に、組織建設と並んで重視されたのは、イデオロギー闘争や党内教育の分野であった。知識人出身の宮本顕治は、イデオロギー政党たる共産党の土台はしっかりと理論武装したカードルであることをきちんと理解していた。『赤旗』には、しばしば長大な「無署名論文」が掲載され、それを通じて、さまざまな潮流に対するイデオロギー闘争(しばしば一面的な内容だったが)が熱心に繰り広げられるとともに、党内教育や古典学習にも系統的に取り組まれた。われわれを含めて、宮本時代に入党した党員は、これらの「無署名論文」をむさぼるように読んで、大いに理論的確信をつちかったものである。その確信の中身は、今の時点から見ればもちろん、きわめてスターリン主義的で、しばしば偏狭なものだったとはいえ、それでも、共産党のようなイデオロギー政党にとって、イデオロギー闘争の意義や党員教育の意義をいささかも軽視することはできないはずである。
また、宮本は、理論幹部の育成にも力を注いだ。中央の幹部として、きちんとした理論論文を書ける者を積極的に登用するとともに、幹部になってからも、理論書を書くよう積極的に勧めた。そのかいあって、宮本時代の幹部会委員には、理論的単著を何冊ももった理論家がきら星のごとく存在していた。しかし、そのような光景は今ではすっかり影をひそめている。現在の常任幹部会の中で、まともな理論書が書けるのは、上田、不破兄弟ぐらいなものである。理論的な論文が書けるとみなされて書記局長に大抜擢された志位和夫でさえも、講演や国会での質問を寄せ集めた本は何冊か出しているが、この数年間というもの、独自の理論書はまったく出していない。理論的能力は、日々の党活動を続けることで自然に身につくというものではない。それは、それ自体として取り組まなければならない独自の課題である。
不破=志位指導部には、宮本におけるような理論幹部の育成という視点がまったくない。不破氏が実権を握ってからというもの、理論教育、イデオロギー闘争の側面は著しく後退した。理論的な問題を論じるのは、ほとんどまったく上田、不破兄弟の専売特許となってしまった。不破氏はおそらく、理論幹部としては自分さえいればいいと思っているのだろう。多くの党員が、不破=志位に代わる他の指導的幹部を思い浮かべることができないのは、けっして偶然ではない。宮本氏は、一方で理論幹部の育成に努力しつつ、自分に逆らう者には容赦しないことで実権を確保していたが、不破氏は、そもそもそのような理論幹部を育成しないことによって、自分に並び立つような人物が出ないようにしているのである。
最近、不破議長は、「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書を詳細に批判する大論文を立て続けに『しんぶん赤旗』に発表している。われわれはもちろん、ネオナショナリズムに対するこうしたイデオロギー闘争を断固支持するし、その中身にもおおむね同意できる。しかし、「つくる会」教科書批判にわざわざ党の議長がお出ましにならなければならないという点に、今日における党の理論幹部不足が如実に示されているといえよう。
党の組織的・イデオロギー的空洞化はすでに著しく進んでしまっている。これが、今回の敗北にもつながっていることは言うまでもない。不破=志位指導部は、彼らが実権を握ったとたんに訪れた「たなぼた的」大躍進に目がくらんで、そうした地道な努力を怠ってきた。今やそのつけを支払わされているのである。
他の分野についても同じことが言える。組織建設の分野でも、大衆運動の分野でも、それらはみな、選挙闘争の付属物とみなされている。すでに『さざ波通信』第12号の論文「選挙への還元をはかる不破指導部」でも取り上げたが、昨年の3月31日に東京体育館で行なわれた「全都・党と後援会総決起集会」で不破委員長(当時)は次のように述べていた。
「共産党支持を思いきって広げ、労働者の要求もエネルギーも、そこへまとめて政治を変える力にするならば、それが労働者がいま職場にもっている力を、日本の政治を変える力として大いに発揮する道になります。そこに自信をもって活動してほしいということを、今日は一言、そういう悩みにこたえる問題としていいたいと思っているのです。(拍手)
”経済闘争をやって、そのなかで自覚が高まり、政治闘争へ発展する”という図式がよくあるのですけれども、世の中はそういう図式どおりには動かないのですね。政治の問題で矛盾が鋭くあるときには、そこにあらゆる力が集中して、そのことが経済を変える力にもなる瞬間ということがあるもので、今はまさに、そういう瞬間だということをよくわきまえて活動したいと思います」。
このように不破氏は、組合運動をはじめとする下からの大衆運動に取り組むのは困難であり、なかなか進まないので、その力を共産党への支持を訴える運動に「まとめて」、「そこにあらゆる力が集中」するようにと訴えている。これは偶然言われた言葉ではない。この3年間における党指導部の基本路線を象徴的に示した部分である。今回、破綻が明らかになったのは、単に不破=志位指導部の政策上の基本路線のみならず、党建設および党活動に関する不破=志位指導部の基本路線も、である。