雑録

 この「雑録」は、日本共産党とその周辺をめぐる動きの中で、短くても論評しておくべきものを取り上げて、批判的に検討するコーナーです。

新自由主義的グローバル化に迎合する共産党指導部
――日韓投資協定の批准に賛成した共産党

 5月29日の参院で日韓投資協定が共産党を含む全会一致で批准され、早ければ今年の夏からでも発効する見込みである。共産党はかつては、この種の多国籍大企業本位の投資協定に反対の立場であったが、この間態度を大きく変更させ、ついに賛成に回ったのである。これは、最近における右傾化路線の一つの重大な現われであると言わなければならない。

 日韓投資協定とは何か
 日韓投資協定は、1997年の韓国の金融危機をきっかけに韓国政府によって提案され、99年から日韓協議が開始、2001年12月に両国で基本合意に達したものである。
 日韓投資協定は大きく言って2つの部分に分かれる。
 1つは、投資の自由化規定であり、(1)外国人投資の原則自由化(映画、防衛、医療、漁業、電気、ガスなどの例外部門あり)、(2)内国民待遇の保証(外国の企業や投資家を国内の企業・投資家と同等に扱うこと)、(3)最恵国待遇の保証(最も良い待遇を受ける外国と同じ待遇を保証すること)などが盛り込まれている。
 もう1つは、投資者の保護規定である。(1)投資者に現地資材の使用や技術移転や現地雇用といった義務を課さない、(2)本国への送金を保障する、(3)現地で紛争が生じた場合には国際的な紛争解決手順を適用する、などが盛り込まれている。
 つまり、外国の進出企業は、現地政府が保障するさまざまな特典を利用しつつ、現地の労働者を雇用するなどの義務をいっさい負わずに自由に投資し、そこで得た儲けを本国に自由に送金することができるのである。これが、多国籍企業本位の新自由主義的グローバル化の一環であることは論をまたない。
 さらに重要なのは、いわゆる「真摯規定」が前文に盛り込まれたことである。「真摯規定」とは、進出企業が労働争議で不利益を被った場合に現地政府に損害賠償を訴えることを保証したものであり、労働運動弾圧規定として悪名高いものである。今回、韓国の労働者市民の強い反対運動もあって、さすがに本文には盛り込まれなかったが、前文に盛り込まれた。今後、この規定をてこに、韓国政府がいっそう労働運動に抑圧的な法律を作る可能性が出ている。

 共産党の賛成理由
 昨年来、韓国の労働組合運動、市民運動はこの日韓投資協定に対する激しい反対運動を行なってきた。この日本でも何度か反対の統一行動が取り組まれている。この問題はまさに、日韓労働者市民の国際連帯行動を新たに切り開いたものであり、まともな労働者政党ならば、こうした反対運動の先頭に立たなければならなかった。
 ところが、日本共産党は、反対運動の先頭に立つどころか、(1)2国間協定が急速に広がりつつあること、(2)この協定を提案してきたのが韓国政府自身であること、(3)投資自由化の対象にいくつかの例外分野が設けられている、(4)真摯規定が拘束力のある本文にではなく、精神的規定にすぎない前文にしか入っていない、などの理由で賛成に回ったのである(読者からの質問に対する日本共産党本部の回答より)。
 だが、これらの理由ははたして賛成の理由になるだろうか? それぞれの理由について簡単に見てみよう。
 まず(1)に関してだが、2国間協定が広がっていることは単に新自由主義的グローバリズムの波が全世界的に高まっていることの現われにすぎない。地域包括的な投資自由化協定がまだ時期尚早な場合には、2国間協定が追求されるのである。
 (2)についてだが、この協定の提案者が韓国政府であることは、そもそも韓国政府自身がブルジョア政権であるのだから、何の賛成理由にもならない。たとえば、日本とアメリカのあいだで、日本の労働者市民の利益を踏みにじる協定が調停されるとしよう。日本の進歩勢力がそれに反対しているのに、日本政府の側が提案してきたからという理由で、アメリカの革新勢力がそれに賛成したらどうなるのか? 政府の立場と労働者市民の立場とはまったく異なる。こんなことは、左翼政党のイロハのイである。そして韓国の民主労総をはじめとする労働者市民はこの協定に反対しているのである。労働者市民の運動が反対しているのに政府が提案したから賛成する! これが共産党を名乗る政党のやることだろうか。われわれは心の底から怒りを禁じえない。
 (3)についてはどうか。もしそんなことが根拠になるのなら、共産党が国内で反対した労働者派遣法の改悪にも賛成するべきだろう。なぜならそれは、派遣労働の原則禁止から原則自由化への転換を主眼としており、原則自由化の代わりにいくつかの例外分野を規定するものだったからである(ネガティブ・リスト形式)。共産党は、国内法に関しては例外規定などということを賛成理由にしないにもかかわらず、韓国人民に対しては、いくつかの例外分野が設けられているのだからそれでいいだろ、という態度をとっているのである。
 (4)についてはもまったく理由にならない。前文といえども、韓国政府をして、労働運動をより強く規制する方向に誘導することになるのは、誰の目にも明らかではないだろうか。共産党のやった行為はまさに、韓国の労働者市民の運動を踏みにじる許しがたい階級的裏切り行為である。

 共産党の転換の根は深い
 共産党のこうした転換はけっして偶然ではない。このような転換は、すでに昨年10月の不破議長の朝日新聞インタビューの中で示唆されていた。その中で不破氏は次のように述べている。

 「『グローバリゼーション(世界化・国際化)』という言葉の一番の発信元は、アメリカなんです。ところが、アメリカは、自分の気に入らない国際課題については、“わが国の死活の利益が優先する”という立場で、平気で背を向ける態度をとっています。地球環境の問題で京都議定書に反対したり、核兵器廃絶を拒否したりするのは、この立場のもっとも鮮明な現れでしょう。私たちは、アメリカ流『グローバリゼーション』のこうしたごまかしには乗りません。
 昨年11月の私たちの党大会のさいに、ヨーロッパのいくつかの共産党の代表たちと意見を交換しましたが、そのとき、『世界化(グローバリゼーション)』への対応でかなり大きな立場の違いがあることに気づきました。ヨーロッパの共産党は、フランスもイタリアも、『グローバリゼーション反対』という方針でした。私たちは、そういう立場はとっていません。『世界化(グローバリゼーション)』、つまり資本主義がいよいよ世界的になるということは、マルクスが声を大にしてその意義を強調した資本主義の発展の基本方向ですから(笑い)」。

 われわれはこのような皮相なグローバリゼーション理解に対し、『さざ波通信』第24号の論文「朝日記者との不破インタビューを評す」で厳しく批判しておいた。つまり不破氏は、グローバリゼーション自体は資本主義の本質的傾向だからという理由で反対せず、アメリカ主導のグローバリゼーションだけが問題なのだという民族主義的立場なのである。今回の日韓投資協定への賛成はまさにこのような論理にもとづいている。アメリカ主導ではなく、韓国政府からの提案だからいいのだ、というわけである。
 さらに、6月5~6日に開かれた4中総の志位報告は次のように述べている。

 「また、わが党は、大会決定で、アメリカ主導ですすめられている『グローバル化』という事態にたいして、単純に『グローバル化反対』をいうのではなく、多国籍企業・大企業の国際的規模での民主的規制を中心とする民主的な国際経済秩序の確立を対置しました」。

 日韓投資協定はまさに、多国籍企業の投資自由化を主眼とするものであり、「多国籍企業・大企業の国際的規模での民主的規制」とは無縁なものである。にもかかわらず日韓投資協定の批准に賛成したということは、この引用部分の核心が、「多国籍企業・大企業の国際的規模での民主的規制を中心とする民主的な国際経済秩序の確立を対置」するという一節にあるのではなく、「単純に『グローバル化反対』をいうのではなく」という一節にあったことを示唆している。この志位報告は、今後共産党が多国籍企業主導のグローバリゼーションに是々非々で、結局は迎合的に対処することを宣言したものであると言うことができよう。
 このように日韓投資協定に対する共産党の賛成の根は深いものであり、現代の党指導部全体の基本方針から出ている。これは、この間、帝国主義的グローバリゼーション反対の運動を担ってきた多くの末端の共産党員にとって重大な警告となっている。
 同時に、本号の「雑録-4」でも書いたように、共産党は日韓投資協定に賛成するだけでなく、とんでもない弾圧立法であるテロ資金防止法にも無批判に賛成している。この法律は、新自由主義的グローバリズムのもとで生じている貧富の格差の増大と絶望の中で生じているテロリズムを取り締まるためのものであるだけでなく、それを口実に、帝国主義的世界秩序に抵抗しようとするあらゆる勢力を抑え込むことを目的としている。日本共産党は、一方で、新自由主義的グローバリズムに賛成し、他方で、そこから生じるテロに対抗するための弾圧立法の制定に賛成することで、まさに帝国主義的世界秩序の形成に貢献しているのである。
 われわれは改めて、現在の党指導部が党をますます体制内化させつつあることを厳しく警告しておきたい。

2002/7/22  (S・T編集部員)

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