綱領改定案と日本共産党の歴史的転換(下)

46、いくつかの補遺

 さて、以上で綱領改定案の第5章の検討は終わりである。これで綱領改定案の全体をひととおり検討したことになる。だが、その検討の過程で、論じつくせなかった問題、あるいは、論じ忘れた問題があるので、ここでそれを簡単に検討しておきたい。

  アメリカ帝国主義の将来
 われわれは、本稿の「」の第21章で、綱領改定案と不破報告におけるアメリカ帝国主義美化の問題を取り上げた。その中で、われわれは、アメリカ帝国主義の将来を固定的に見ないという不破の主張に対して次のように述べている。

 「いずれにせよ、不破指導部がかつて自ら『カウツキー主義』だと非難してきた理論を正式に採用しようとしていることだけはたしかである。不破は、自ら堂々と『カウツキー主義』に転向した告白しているわけである。そして『帝国主義』概念を徹底的に矮小化したのだから、この概念から将来のアメリカも排除されるのは必然的であるといえよう。いま現在の、アメリカの一国覇権主義の政策のみが『帝国主義』である、というわけだ。
 たしかに、今後の運動の展開しだいでは、今日のようなあまりに露骨な『一国覇権主義』的行動に抑制がかかるかもしれない。しかし、これはアメリカ帝国主義が帝国主義でなくなることをいささかも意味しない。それは帝国主義的行動の仕方がより巧妙かつ慎重になったにすぎない。だが、不破指導部はおそらく、現在のような露骨な行動が多少抑制されたら、もうアメリカは帝国主義的でなくなったと言い出すのだろう。将来の裏切りの政策を、不破指導部は今から準備しているのである」。

 われわれが不破指導部の将来の裏切りの可能性についてこう書いたとき、それはあくまでも予測としてであった。十分根拠のある予測とはいえ、予測にすぎなかった。しかし、実は、不破自身が、われわれの予測を完全に裏書する発言をすでにしていたことを、われわれは見逃していた。すなわち、不破自身が、アメリカのブッシュ政権の一国覇権主義さえ変われば、もはやアメリカは帝国主義ではないという判断を下すことを、公言していたのである。
 不破は、今年の7月6日付『しんぶん赤旗』日曜版のインタビュー「不破さんに、じっくり聞いた日本共産党綱領改定案の魅力」の中で、次のように語っている。

 「将来といえば、綱領改定案は、いまのアメリカの世界政策を『アメリカ帝国主義』と特徴づけています。これはたいへん根深いものですが、私たちは、この規定を永久不変のものとは見ていません。アメリカが一国覇権主義の世界戦略をすて、平和の国際ルールをまもることになれば、状況は違ってきますから」。

 このように不破ははっきりと、ブッシュ政権やネオコンのような一国覇権主義戦略が変わって、国際ルール(すなわち、戦争も集団的自衛権も他国への軍事基地建設も認めている国際ルール)を守りさえすれば、「状況は違ってきます」(つまり帝国主義ではなくなる)というのである。ブッシュ・ドクトリンではなく、クリントン・ドクトリンなら帝国主義ではないというわけだ。アメリカ(ないしい英米)だけで他国に爆弾を落とせば帝国主義だが、国際協調にもとづいて他の同盟諸国とともに爆弾を落とせば帝国主義ではない。国連憲章を蹂躙すれば帝国主義だが、国連憲章にのっとって軍事同盟網を作ったり、他国に軍事基地を置いたり、自衛の名のもとに戦争をすることは帝国主義ではない、というわけである。
 だが、もしそうなら、アメリカの対日政策も帝国主義的なものではないはずである。アメリカは完全に国際ルールにのっとって、日本と軍事同盟を結び、日本に軍事基地をおき、自衛隊を事実上の指揮下においている。この行為のいずれも国際法違反ではない(憲法違反ではあるが)。つまり不破氏には、「帝国主義」に関して完全に二つの基準があるわけだ。日本向けの基準と、日本以外のすべての国向けの基準と。日本に関しては、国際ルールに基づいて軍事同盟を結び、軍事基地をおくことは「明らかに帝国主義的」であるが、日本以外のすべての国に関しては、それは帝国主義的ではなく、したがってそういうことをしているフランスも帝国主義ではない…。
 これが不破指導部の現在の到達点である。そしてそれが、画期的な発展であるとか、感動的であるとか、「すごく新鮮」(日曜版編集長のセリフ)などと自画自賛されているわけである。

  統一戦線の構成と課題
 われわれは、本稿の「」で綱領改定案の第4章を検討したとき、権力問題や政府の問題というより重要な問題に集中したため、統一戦線に関する綱領改定案の記述についてまったく論じなかった。しかし、この統一戦線に関する叙述にも、現行綱領と異なる重大な変化が綱領改定案には見られる。そこで、遅ればせながら、この問題についてここで論じたい。
 まず現行綱領では、統一戦線に関して次のように述べている。

 「日本共産党は、以上の要求の実現をめざし、独立、民主主義、平和、中立、生活向上のためにたたかうなかで、労働組合、農民組合をはじめとする人民各階層、各分野の大衆的組織を確立し、ひろげ、つよめるとともに、反動的党派とたたかいながら民主党派、民主的な人びととの共同と団結をかため、民族民主統一戦線をつくりあげる。この民族民主統一戦線は、労働者、農漁民、勤労市民、知識人、女性、青年、学生、中小企業家など、平和と祖国を愛し民主主義をまもるすべての人びとを結集するものである。
 党は、すべての民主党派や無党派の勤労者を階級的には兄弟と考えており、これらの人びとにむかって心から団結をよびかけ、そのために力をつくす。それは、団結に反対し団結をやぶるいっさいの正しくない傾向とのたたかいを必要とする。当面のさしせまった任務にもとづく民主勢力と広範な人民の共同、団結を、世界観や歴史観の相違などを理由としてこばんだりさまたげたりすることは、祖国と人民の解放の根本的な利益をそこなうものである。
 広範な人民の団結をめざすこの闘争で、党は大衆とかたくむすびつき、その先頭にたって推進的な役割をはたさなければならない。とくに労働者階級を科学的社会主義の思想、反核・平和と主権擁護の国際連帯の精神でたかめ、わが国の民主主義革命と社会主義の事業への確信をかため、その階級的戦闘性と政治的指導力をつよめる。それとともに、農漁民、勤労市民のあいだで党の影響力をひろげ、労働者、農漁民、勤労市民の階級的な連携を確立しなければならない。民族民主統一戦線の発展において、決定的に重要な条件は、日本共産党を拡大強化し、その政治的力量をつよめ、強大な大衆的前衛党を建設することである。日米支配層の弾圧、破壊・分裂工作、反共主義をはじめ各種の思想攻撃などとのたたかいは、この事業の全過程にわたって重要である」。

 これが綱領改定案では次のようにきわめて簡潔なものになっている。

 「民主主義的な変革は、労働者、勤労市民、農漁民、中小企業家、知識人、女性、青年、学生など、独立、民主主義、平和、生活向上を求めるすべての人びとを結集した統一戦線によって、実現される。統一戦線は、反動的党派とたたかいながら、民主的党派、各分野の諸団体、民主的な人びととの共同と団結をかためることによってつくりあげられ、成長・発展する。日本共産党は、国民的な共同と団結をめざすこの闘争で、先頭にたって推進する役割を果たさなければならない。日本共産党が、高い政治的、理論的な力量と、労働者をはじめ国民諸階層と広く深く結びついた強大な組織力をもって発展することは、統一戦線の発展のための決定的な条件となる」。

 このように叙述量が3分の1ほどに減っている。その削除の主要な部分についてみてみよう。まず、現行綱領の第1段落では、「独立、民主主義、平和、中立、生活向上のためにたたかうなかで、労働組合、農民組合をはじめとする人民各階層、各分野の大衆的組織を確立し、ひろげ、つよめるとともに」という文が完全に削除されている。大衆闘争をたたかい、労働組合のような重要な大衆組織を建設しすみずみまで広げ強めるという、まさに下からの闘争課題を規定した部分がまるごと削除されているのである。ちなみに、綱領改定案にはそもそも「労働組合」という言葉自体がまったく登場しない。新自由主義の嵐の中で労働者の既得権が次々と破壊され、今後ますます労働組合が重要な役割を担わなければならない、というのにである! これは、大衆闘争の党から議会と選挙の党への変質を物語るさらなる証拠であると言えよう。

 ※注 マルクスとエンゲルスのことが大好きな不破氏のために、「ゴータ綱領」をめぐるエンゲルスの手紙からある一節を引用させていただく。というのは、不破氏は「共産主義の二段階」説を批判するために、『ゴータ綱領批判』にかかわる一連の文献をすべて慎重に再読し、詳しく吟味したと思われるからである。以下は、ゴータ綱領の問題点をエンゲルスが列挙しているくだりの一部である。
 「第5に、労働組合によって労働者階級を階級として組織することについて、まったく一語も述べていません。しかも、これはきわめてだいじな点です。なぜなら、これはプロレタリアートの本来の階級的組織であり、そのなかでプロレタリアートが資本に対するその日常の闘争をたたかいぬき、自己を訓練する組織、今日では最悪の反動(今日パリにあるような)のもとでも、もはや断じて破壊されえない組織だからです。ドイツでもこの組織は重要な地位を得ているのだから、われわれの意見では、綱領のなかでこれに言及して、できれば党の組織中にそれのために場所を空けておくことが絶対に必要です」(『ゴータ綱領批判・エルフルト綱領批判』、国民文庫、52~53頁)。
 不破氏は、マルクスやエンゲルスが未来社会の分配論を綱領に書き込めと指示していないという事実を繰り返し持ち出して、現行綱領の「共産主義の二段階」説を削除したのに、エンゲルスがこれほどまでにはっきりと綱領に書き込むべきだと述べている労働組合の組織化について、不破氏は何の説明もなしに現行綱領から削除したのである。

 第2段落に関してはすべて削除されている。「団結に反対し団結をやぶるいっさいの正しくない傾向とのたたかいを必要とする」という部分を含むこの文全体が削られたことの不破指導部の側の意図については、今のところ十分明らかではない。単純に簡略化のためかもしれない。
 第3段落では、「とくに労働者階級を科学的社会主義の思想、反核・平和と主権擁護の国際連帯の精神でたかめ、わが国の民主主義革命と社会主義の事業への確信をかため、その階級的戦闘性と政治的指導力をつよめる」という部分がまるごと削除されている。労働者階級の意識を高め、国際連帯の精神で団結させ、その階級的戦闘性と政治的指導力を強めるという、共産主義政党として当然の基本的課題が放棄されているのである。この変化は、労働者階級の党から国民の党への変質、国際主義の完全放棄という綱領改定案の基本路線と合致している。
 同じ第3段落では、「農漁民、勤労市民のあいだで党の影響力をひろげ、労働者、農漁民、勤労市民の階級的な連携を確立しなければならない」も削除されている。このくだりは、階級同盟論、労農提携論として、きわめて伝統的な階級的立場を表明したものであるが、これが削除されたことも、階級論的議論をできるだけ回避するという綱領改定案の立場と合致している。

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